二章


 最近、北の地では魔物の被害が増えている――

 近ごろ、そんな噂をよく耳にするようになった。
 単に魔物に襲われる人間が増えているというだけではない。
 人目を憚ることもなく、昼間から魔物が跋扈する地。
 人間が鹿や兎を狩るように、魔物が人間を狩っている地。
 村ごと、街ごと、滅ぼされてしまった地。
 そして――
 人間が牛や山羊を飼うように、魔物が人間を『飼っている』という地。
 そんな地が広がりつつあるというのだ。
 にわかには信じられない話ではある。過去にそうした例は皆無とまではいわないが、それにしても極めて稀な話だったはずだ。
 しかし考えようによっては、これは当然なのかもしれない。
 人間に対して、圧倒的に優位な力を持つ魔物。どうして人間に遠慮する必要があるだろう。
 むしろ、闇に紛れてこっそりと襲う方が不自然といえる。
 だから、カムィは北を目指している。
 進むに連れて、明らかに魔物と出会う頻度が増えていた。噂は真実らしい。
 
 カムィは想う。
 あの日から、人間と魔物の関係が変化し始めているのではないか――と。
 あの、魅魔の里が滅ぼされた日から。
 魔物が魅魔の里を襲った。
 それ自体、数百年の歴史を持つ魅魔師の伝承にも存在しない異質な出来事だった。

 異質といえば、カムィもそうだ。過去、カムィほど見境なく魔物を狩る魅魔師はいなかった。
 あるいはそれを試みた者はいるのかもしれないが、実践できるほどの力の持ち主はいなかった。
 
 変化しつつある。
 人間と魔物の、歴史、伝統、力関係。
 
 その行く末がどこにあるのか。
 それはカムィにもわからなかった。



「……なるほど、一匹や二匹ではないな」
 陽はまだ高く、街はすぐ目の前だというのに、その小さな森には魔物の気配が色濃く漂っていた。
 日中からこの様子では、夜になったら大変なことになるだろう。
 街の外周に張り巡らされた結界も、これだけの数が相手では気休めにしかなるまい。
「今夜は少し忙しくなるか」
 瘴気のように澱んで溜まっている魔物の気配が、ねっとりと絡みついてくるようだ。姿は見せないが、カムィの血に舌なめずりしている者がいるのが感じられる。今ここで一滴でも血を流せば、それこそ蜂の巣をつついたような騒ぎになるはずだ。
 とはいえ、相手はほとんど雑魚だろう。今いちいち狩り出すよりも、夜を待ってまとめて誘い出した方が手っとり早い。
 カムィの口元が緩み、残忍な笑みが浮かぶ。
 また、魔物を殺せる。
 たくさんの魔物を。
 また少しだけ、復讐を遂げることができる。
 全身の血が熱くなる。
 夜が待ち遠しい。魔物を狩れる夜が。
 まるで魔物のように、カムィは夜を待ち望んでいた。
「んふふー、楽しみ」
 その隣で、カンナも妙に嬉しそうな表情を浮かべていた。
 カムィの歪んだ笑みとは違う、心底嬉しそうな、楽しそうな、無邪気な笑み。
「……なんだ?」
「ごほーび、いっぱいもらえるね?」
 その言葉に、少しだけやる気が削がれた。
 熱く滾っていた血が冷める。
 小さく溜息をつくと、街に戻るべく歩き出す。
 長くなるであろう今夜の戦いに備えて、今のうちに少し休んでおくつもりだった。
 しかし――

「……っ?」
 街に入った瞬間、全身に鳥肌が立った。
 魔物の気配。
 今まで感じていたような残気ではない。気の濃度がまるで違う。
 もっと強力な魔物が、直に発している気配。
 並の魔物ではない。
 過去、三度しか経験したことのない感覚。
 ――近い。
 すぐ近くにいる。
 こんな真っ昼間から。
 こんな、人間の街の中に。
 これほど強い力を持った魔物がいるなんて――。
 全神経を集中させて周囲を探る。
 カムィの隣で、カンナがすっと腕を上げる。
 その指さす方向に視線を向けて、
「――っ!」
 予想外の光景に息を呑んだ。
 視線の先に、一組の若い男女がいる。遠目には恋人同士のような雰囲気で寄り添っている。
 男の方はカムィよりも年長の、見たところ二十歳前後と思われる筋肉質の若者で、明るい栗色の髪をやや長めに伸ばしていた。
 隣にいるのはもっと年下の、カンナと同世代かやや下くらいの少女で、長い黒髪と整った顔立ちのせいか、どことなくカムィに似た雰囲気を持っている。
 それは、まったく予想外の光景だった。
 これだけ魔物の気配が濃い土地なのだから、魔物が街中に入り込んでいても、それ自体はさほど驚くことではない。しかしそれが極めて数の少ない、強大な力を持った魔物で、それに寄り添っているのがよく見知った顔となると話は別だ。
「…………」
 戸惑いつつも足を進める。
 向こうも気づいて顔をこちらに向ける。
「コンル……」
「ごきげんよう、カムィ姉様。お久しぶり」
 少女が口を開く。
 口元には皮肉っぽい笑みを浮かべ、どことなく挑発的な目つきをカムィに向けていた。
 この少女は魔物ではない。むしろ逆の立場だ。
 くっきりとした目鼻立ちに漆黒の長い髪、漆黒の瞳。いずれもカムィによく似ている。
 少女の名は、コンル。
 カムィが兄のように慕っている従兄タシロの妹で、カムィにとっては従妹。そして当然、優れた魅魔の力を受け継いでいる。
 会うのは久しぶりだ。ここしばらくタシロの許へは戻っていないから、もう一年近くになるだろうか。
 カムィよりも三歳ほど年下だが、記憶にあるよりもずいぶんと大人びた、女らしい姿になっている。
 考えてみれば、カムィが魅魔師として独り立ちしたのも今のコンルくらいの年齢の頃だ。
 しかし、寄り添うように立つ男の存在は無視できない問題だった。
「コンル、なんだ、これは?」
 明るい色の髪と瞳の若者。年頃の娘が放っておかないような容姿の持ち主だ。
 しかし、いくら人間を装っていても、それがまったく異質な存在であることはカムィにとっては一目瞭然だった。
 栗色の髪も明るい茶色の瞳も、カムィの目にはそのままの色には映らない。それはもっと明るい、金色に近い小麦色をしている。
 魔物、だった。
 それもただの魔物ではない。
 不自然なまでに人間に似ていながら、不自然なほどに強い力を持ち、この上なく見目良い魔物。
 全身が総毛立つ。
「竜、族……」
 間違いない。
 成竜にはなりきっていないものの、カンナより年長の竜族の雄だ。
「なぜお前が、こんなものと一緒にいる?」
「姉様に言われるとは思わなかったわ。じゃあ、その娘はなぁに?」
 カンナを指さしてコンルが言い返す。
 普通の人間の目には可愛らしい少女にしか見えないカンナも、魅魔師であるコンルを誤魔化せるものではない。そもそも最近のカンナは、カムィと出会った頃ほど完全には魔物の気配を隠していない。
 カムィは言葉に詰まった。
 さて、カンナの存在をどう説明すればよいのだろう。
 そもそもカンナは、自分にとってなんなのだろう。
「…………少し前に拾った。使い道があるから連れてる」
 素っ気ない説明に、隣でカンナがぷぅっと頬を膨らませる。
「じゃあ、わたしが彼……ラウネを連れていても文句はないでしょう?」
「…………」
 確かに、そうだ。
 コンルは、現存の魅魔師の中ではカムィに次ぐ純粋な血を受け継いでいる。その血をもってすれば竜族を支配することも可能だろう。
 しかし、それでも一筋縄ではいかないのが竜族なのだ。カンナのような小娘で、しかも同性。それでも最初はカムィも不覚を取った。
 コンルがラウネと呼んだこの竜族は、世間一般の基準でいえばこの上なく見目麗しい若者だ。並の魅魔師では――それが若い娘ならなおさら――歯が立たないだろう。
 なのに、カムィよりも年下で魔物と戦った経験の少ないコンルが、何事もなく支配できたというのだろうか。
 ――まさか。
 嫌な考えが浮かんでしまう。自分がカンナと出会った時のことを想い出して、頭にかぁっと血が昇る。
「それにしても、姉様がそういう趣味だったとはねぇ」
「……なんの話だ?」
「別にィ」
 からかうような、意味深な笑みを浮かべたコンル。その大きな黒い瞳に、心の内を見透かされているような気がした。
「ところで姉様、この街の魔物退治はわたしが先に受けた仕事だから、手出ししないでね」
「お前ひとりの手には負えんだろう?」
 相手は一匹や二匹ではない。どれだけ力のある魅魔師であっても手こずる数だ。
 しかしコンルは余裕の笑みを浮かべて言う。
「ひとりじゃないわ」
 隣に立つ竜族の腕を取る。
「ラウネが一緒だもの。姉様の手を煩わせるまでもないわ」
 コンルはどこまでも挑発的で、相手が従姉でなければ「足手まとい、邪魔」とでも言いたげな口調だった。



 ――陽が暮れる。

 東の空はもう黒に近い群青だった。太陽は山陰に隠れ、西の空も朱から青みがかった灰色に変わりつつある。
 光に替わって、闇が世界を支配しはじめる。
 人ではなく、闇に属する者たちの刻が来る。
 再び光が世界を満たすまで、ほとんどの人間が息をひそめて過ごす長い時間の始まりだった。

「手出し無用って言われたんでしょ? こんなところにいないで次の街へ行こうよー」
 隣で頬を膨らませている竜を、カムィは無視した。
 カンナの態度は、当然といえば当然だった。カムィの魔物退治を手伝わなければ『ご褒美』にはありつけない。カムィに『仕事』がないならこの街に用はない。
「いいじゃん、あいつらに任せておけば」
「そんなわけにいくか」
 カムィはカンナの方を見ずに応える。動かさない視線の先にはコンルとラウネの姿があった。
 場所は日中にも下見をした、街から少し離れたところにある小さな森。昼間よりも魔物の気配が色濃く漂っていて、ねっとりと絡みついてくるような気がする。
 カムィとカンナは気配を消して茂みに潜み、二人の様子を窺っていた。
 手出し無用と言われたものの、カムィとしては素直にうなずくわけにはいかない。
 最後に会った時のコンルはまだまだ子供で、これだけの数の魔物を相手にできる力はなかった。それはもう一年以上も前のことなので、今では状況が違うのかもしれないが、現在のコンルの実力を見たことがないカムィにとって、彼女はまだまだ半人前の未熟者なのだ。
 当時のコンルの姿を思い出す。
 無邪気な笑顔の女の子。カムィを実の姉のように慕い、なんでも真似をしたがった。カムィそっくりに伸ばした長い髪はその名残だ。
 あんな、不自然に大人びたところなどなかった。あんな、挑発的な態度など取らなかった。
 久しぶりに会った従妹の変化は、カムィを戸惑わせていた。
「そろそろ……か」
 空を見上げてカムィはつぶやく。
 西の空に残っていた、わずかばかりの夕陽の残滓が消える。代わって東の空が明るくなり、月が昇ってくる。
 閑かだった。
 いくら夜とはいえ、不自然な閑かさだった。
 森の中だというのに、梟や夜行性の獣の鳴き声はおろか、虫の音すら聞こえてこない。すぐ近くには清水を湛えた泉もあるのに、蛙の声もない。
 皆、周囲に満ちる不穏な空気を感じているのだろう。これを感じないのは普通の人間だけだ。
 カムィにとっても、漂う魔物の気配は全身が総毛立つほどに色濃いものだった。
 西の空の残照が消える。
 魔物がなんの遠慮もなしに活動を始める刻が来る。
 大きな樹の幹に寄りかかるように座っていたコンルがゆっくりと立ち上がった。口元には静かな笑みを浮かべている。
 少し離れて立っていたラウネが傍に寄る。二人は顔を見合わせ、小さくうなずいた。
 コンルが腰の剣を抜く。成人男性が使う一般的な剣よりは短いが、カムィの短剣よりは二回りほど大きく、長い剣。
 鞘と柄に複雑な紋様が施されていることから、それが単なる武器ではないことがわかる。
 魅魔師たちが用いる退魔の剣。この紋様自体が魔物に抗するある程度の魔力を持ち、それ以上に、魅魔の血の効力を増す効果がある。
 コンルは手の甲に剣を押し当て、刃を滑らせた。
 紅い筋が浮かぶ。
 滲み出る血は紅い珠となり、ゆっくりと広がっていく。
 ラウネがその手を取り、傷に口づけた。
 滴る魅魔の血を長い舌が舐め取る。コンルが笑みを浮かべ、頬が紅潮する。
 やがてラウネは手を放すと、地面を蹴って跳び上がった。魔物だからこそ可能な跳躍力で、身長の何倍もの高さにある木の枝に乗る。姿を隠して気配を消す。
 その光景を見ながら、カムィの隣ではカンナが鼻をひくひくさせていた。
「ふぅん。カムィのイトコだけあって、美味しそうなニオイ」
 舌なめずりするような表情。対照的にカムィはやや引きつった表情でカンナを睨みつけた。
 その表情に気づいたカンナが長い牙を覗かせてにぃっと笑う。
「もしかして妬いてる?」
「誰がだっ!」
「安心して。カムィの血の方がずぅっとずぅっと美味しそうだから」
 安心するどころか、さらに嫌そうな顔になるカムィ。
「あたしは舌が肥えてるから、別にどうってことないよ? でも、この辺りの雑魚どもには堪らないニオイだろうね。魅魔の血の甘さに比べたら、ニンゲンの血なんてただの水も同然。すぐ寄ってくるよ」
 カンナの言葉通り、魔の気配が濃くなってくる。足音を立てるような魔物はいないが、それでも近づいてくるのがわかる。
 最初に姿を現したのは、狼に似た大きな身体の魔物だった。既に人の姿をしていない。コンルの血に惹き寄せられて、我を忘れた状態なのだろう。
 結界を張って気配を消しているカムィとカンナには気づかずに、真っ直ぐにコンルに向かっていく。あと十歩ほどの距離に近づいたところで、強く地面を蹴って一気に襲いかかった。
 しかし魔物の牙も爪も、コンルには届かなかった。その巨体が突然弾け、ずたずたに引き裂かれて地面に転がる。その傍らに、目にも留まらぬ速度で木の上から飛び降りてきたラウネが立っていて、右腕が魔物の血でどす黒く染まっていた。
 無論、魔物の襲撃はこれだけでは終わらない。
 さらにもう一体、二体。
 灯りに集まる蛾のように、本来は街を襲うはずだった魔物がコンルの血に惹き寄せられてくる。
 次々と襲いかかってくる魔物を、ラウネがことごとく一撃で倒していく。
 さすがは竜族、圧倒的な力だった。ただでさえ、並の魔物とは持って生まれた力の差があるというのに、ラウネは魅魔の血を受けているのだから当然だ。
 ごく稀に、他の魔物が倒されている隙を衝いてコンルに迫る魔物がいるが、それはあっさりとコンルの剣に貫かれた。
 ラウネは手当たり次第に手を出しているのではなく、手強い相手を優先的に倒して、さほど危険ではない雑魚はコンルに任せているのだろう。コンルだってカムィに次ぐ力を受け継ぐ魅魔師、並の魔物に遅れを取ることはない。
 二人はまるで息の合った踊り手のように、華麗な動きで群がる魔物を狩っていった。



 戦いは、長くは続かなかった。
 月が高くなる頃には、生きている魔物の気配は感じられなくなっていた。周辺の空気には、死んだ魔物の血が発する瘴気だけが満ちている。
 コンルは大きく息を吐いて身体の力を抜いた。
 二人に怪我はない。赤黒い汚れはすべて魔物の返り血だ。
 かすり傷すらない。周囲には二十体近い魔物の骸が転がっているというのに、二人は呼吸が多少荒くなり、全身が汗ばんでいるだけだった。
 そのくらい一方的な戦い――いや、戦いではなく『狩り』だった。
「……終わったようね」
 コンルは剣の汚れを拭って鞘に収めた。
「ああ、いないな。敵意のある魔物は」
「もう、汚れちゃったわ」
 魔物の返り血で汚れた肌、着物。自分の身体を見おろして溜息をつくと、コンルは帯を解いて着物を脱ぎはじめた。
 様子を窺っていたカムィは一瞬驚いたが、すぐに納得顔になった。どうしてコンルが動きやすくて見晴らしのよい森の外ではなく、ここを戦いの場に選んだのか。
 すぐ傍らにある泉。澄んだ水が滾々と湧き出している。
 全裸になったコンルが身体を浸す。
 多数の魔物を相手にするとなると、どうしても身体は汚れてしまう。それを見越してすぐに水浴びができる場所を戦場に選ぶとは、たいした余裕だ。
 しかし、傍らにラウネの目があるというのにああも無造作に着物を脱ぐというのは、若い娘としてはどうだろう。カムィの倫理観では褒められたことではない。
 コンルはまったく気にする様子もなく、気持ちよさそうに頭まで水に潜って全身の血を洗い落としていた。
 そして、
「あなたもいらっしゃいな」
 泉の畔に立っていたラウネに手を差し伸べる。
「今夜は見張りの必要はないもの」
「……だな」
 うなずく一瞬、二人の視線がこちらに向けられたような気がした。
 ――気づかれていた。
 恥ずかしさで、顔が熱くなるのを感じる。
 カムィたちが様子を窺っていたのを、二人は最初から気づいていたのだ。だから「警戒していなくても危険はない」と言っているのだろう。
 ラウネも汚れた衣類を脱ぎ捨てて水に入った。
「……っ」
 それは、カムィにとっては目を疑うような光景だった。
 コンルが両腕を差し伸べる。
 ラウネの身体に腕を回し、その筋肉質の身体を優しく撫でて汚れを落としてやる。
 まるで、愛し合う男女の抱擁のように。
「お疲れさま」
「いや、疲れるほどじゃなかったな」
「そうね、もう少し手間取るかと思ったけど」
 白く細い腕がラウネを抱きしめる。
「あなたが、強いからよ」
 ラウネの逞しい腕が、コンルの華奢な身体を抱きしめる。
「お前の血の力さ」
 間近で見つめ合う二人。
 その顔がゆっくりと近づいて、唇を重ねた。
 コンルが伸ばした舌に、ラウネが牙を突き立てる。
 舌を絡め、滲み出る血を舐め取る。
「んっ……ふ……ぅん」
 コンルの口から甘い吐息が漏れる。
 二人は水の中で全裸のまま抱き合い、大きく口を開けて貪るような口づけを繰り返した。
 大きな掌が、コンルの小さな胸の膨らみを包み込む。白い肌の上を鋭い爪が滑る。
 真白い胸に浮かび上がる紅い筋。軽く身を屈めたラウネの唇がそこに触れる。長い舌が傷を覆い隠し、鮮血を啜る。
「あっ……」
 びくっと震える小さな肢体。
 華奢な腕がラウネの頭を抱き寄せ、自分の胸に押しつける。
 傷を舐め、血を啜り、さらに柔肌に牙を突き立てるラウネ。その度にコンルが甘い声を発する。
 ラウネの手が胸を愛撫する。もう一方の手が下腹部へと下りていく。
 その手が淡い茂みの奥に触れた時、コンルは長い髪を振り乱して歓喜の声を上げた。

「な……っ」
 目の前で繰り広げられる光景に、カムィは言葉を失っていた。
「……な……にをやってるんだ、あいつらは!」
 なんとかしぼり出した声が震えている。
「ナニって……あたしたちも、いつもしてるコトじゃない?」
 カンナが対照的に冷静な声で応える。
 そんなカンナをきっと睨みつける。
「あれは、お前が無理矢理やってることだろうがっ!」
「……ま、そーゆーコトにしておいてあげてもいいけどね」
 口元に意味深な笑みを浮かべて言い、そしてまた視線を抱き合っている二人に戻す。
「……でも、いいなぁ。楽しそう」

 泉の岸辺で、コンルとラウネの身体がひとつに重なっている。
「あぁぁっ! あぁっ、あぁぁ――――っ!」
 甲高い嬌声が森に響く。
 コンルはラウネの上にまたがるような体勢で身体を仰け反らせていた。髪を振り乱し、狂ったように喘ぎ声を上げ続ける。
 彼女の下腹部を、古木の太枝のような男性器が深々と貫いていた。ラウネが腰を突き上げるたびに小柄なコンルの身体が弾み、悲鳴が夜の冷たい空気を震わせる。
「あぁっ、そこ……そこっ! あぁっ、あぁっ! すごいっ、もっと!」
 突き上げる腰の動きが加速していく。コンルもそれに合わせて下半身をくねらせる。
 ひときわ大きな悲鳴の後、力尽きたように突っ伏す。ラウネがその身体を抱きしめる。
 荒い息をしながら、また唇を重ねる。
 その間も二人の下半身は動きを止めていなかった。

 カムィはそんな二人を強張った表情で見つめていた。
 こうした光景を見るのは初めてではない。魔物を狩ることを生業にしている以上、魔物に犯された人間を目の当たりにするなど、さほど珍しいことでもない。
 しかし、それが自分の従妹となれば話は別だ。
 握りしめた拳が、小刻みに震えていた。


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