二.〜早苗〜


「やぁ…ダメ、彩ちゃん…」
 早苗は涙ぐんで、切なげな声を上げた。
 ベッドの上に座って、後ろから彩樹に抱きすくめられている。
 Tシャツは胸までたくし上げられ、早苗自慢の、大きな、そして形のいい胸が顕わになっていた。彩樹の手が、そのふたつの乳房を包み込んでいる。人差し指の先で、先端の突起を転がすように弄んでいた。
 早苗は身体をよじらせ、鼻にかかった甘い声を漏らす。頬は上気し、瞳が潤んでいる。
「あっ…」
 うなじに、彩樹の唇が押しつけられた。ビクッと、全身が小さく痙攣する。
「だ、…めぇ…」
 どんなに抑えようとしても、声が漏れてしまう。口ではどれほど嫌がっても、身体は彩樹の愛撫に反応してしまう。
 それは、彩樹と知り合うまでは経験したことのない悦び、だった。
 いつからだろう、彩樹とこんな関係になってしまったのは。
 去年の夏休み、一緒にアリアーナ姫の護衛をして以来、彩樹とは親しく友達付き合いをしている。取り巻きは多い彩樹だが、対等に近い立場で付き合える友人というのは多くない。早苗は、そのうちの一人だった。
 だから、彩樹の家に遊びに来ることも多い。彩樹には父親がおらず、母親は夜の仕事のため、夜は家に彩樹ひとりになってしまう。ここに来れば、大人の目を気にせずに好きなだけ夜更かしして遊んでいられるというわけだ。
 ただひとつの問題は、彩樹と二人きりになって少しでも隙を見せると、こうして襲われてしまうことだろうか。この点では、彩樹には友達と恋人の区別はない。この世の可愛い女の子は全部自分のもの、とでも思っているのだろう。
 早苗が初めて彩樹に唇を奪われたのは、今年の二月…バレンタインデーだった。それ以上の関係になったのも、その少し後のことだったはず。
 幸いなことに、まだ最後の一線は越えていなかった。今の段階で、それだけはしてはいけないことだと、自分に言い聞かせていた。
 早苗は、まだバージンだ。
 可愛らしい顔と大きな胸で男子には人気のある早苗のこと、過去に男の子と付き合ったことはある。ファーストキスは中学の時に経験済みだし、胸くらいなら触られたことだってある。
 しかしそのときは、ただ恥ずかしかっただけ。その行為が気持ちのいいものだと知ったのは、彩樹と知り合って、かなり強引に関係を強要されてからのことだ。
 あからさまな言い方をすれば、最初のそれはレイプに近いものだった。なのに、嫌悪感はまったくなかった。
 女の子同士でこんなことするなんて、普通じゃない――頭ではそう思っていても、彩樹の腕に抱きしめられることは、決して嫌ではない。
 早苗は、彩樹に対して恋愛感情は持っていない…はずだった。その点で、一姫やほかの取り巻きの女の子たちとは違う。
 友人としては大好きだ。確かに彩樹は乱暴だし、自分勝手だし、見境のない女たらしだけれど。
 それが、良さでもある。
 外見は間違いなく格好いい。それに強くて、彩樹に好かれている限り、なにがあっても護ってもらえる――そんな安心感がある。
 もしも彩樹が男だったら、きっと、本当に好きになってしまっただろう。
 しかし現実には、彩樹は女なのだ。たとえ外見がどれほど美少年風だったとしても。
 早苗には、同性愛の趣味はない。しかし最近、友情と愛情の境界がひどく曖昧に感じるのも事実だった。
 今のところなんとか拒絶してはいるが、それをいつまで続けられるか自分でも自信がない。このまま行けば、ごく近い将来に彩樹にバージンを捧げてしまうであろうことを自覚していた。
 今、それをしない理由はいくつかある。
 早苗はノーマルな恋愛観の持ち主で、同性愛の趣味はない(と、少なくとも本人は思っている)こと。
 ちょっとだけ、気になる男性がいること。
 そして、一姫に悪い気がすること。
 しかしそれでも、彩樹から離れることはできない。少しずつ「相手が彩ちゃんならいいかな」と思いはじめている自分がいる。
 本当なら、初めての相手はちゃんと『好きな男性』であってほしいのだが。


「やっぱり早苗の胸は触り心地いいな〜。この大きさ、程良い柔らかさと弾力。そしてピンク色の乳首。絶品だね」
 言いながら、彩樹はその胸に唇を滑らす。
「ヤダ! 彩ちゃん、もうやめて!」
 泣きそうな表情で早苗は叫ぶ。その声は悲鳴に近い。
「どうして? 気持ちイイだろ?」
「だから! もぉ…最近なんだか、すごく感じるようになっちゃって…これ以上されたら、ウチ、おかしくなっちゃうよぉ」
「いいじゃん。おかしくなったって」
 いいながら、早苗のスカートの中に手を入れる。
「ダメッ!」
 早苗はその手から逃れようと暴れるが、彩樹の力強い腕にがっちりと捕まえられている。
「や…や…やぁ…」
 彩樹の指が、下着の上を滑る。女の子のいちばん恥ずかしくて、そして敏感な部分を刺激する。
「あ…あぁ…あ…ん」
 早苗だって、好奇心旺盛な今どきの女子高生。これまでに、自分で触ってみたことがないわけではない。
 しかし彩樹の指が与えてくれる快感は、まったく別次元のものだった。
 これまで何人もの女の子たちを虜にしてきた彩樹のテクニックに、経験の浅い早苗がいつまでも耐えられるわけもない。
「い…あぁっっ!」
 早苗は自分でも信じられないくらい簡単に、快感の頂に上りつめてしまった。


「…もぉ…彩ちゃんのバカ…」
 荒い息をしながら、早苗は涙目で彩樹を睨む。彩樹は、意地悪な笑いを浮かべていた。
「なにか文句あンのか? あんなに感じてたくせに」
「うるさい! バカ! すごく恥ずかしかったんだからぁ…」
 ベッドに俯せになって、枕に顔を埋めたまま文句を言う。なにしろショーツ一枚の姿で、さんざん彩樹の指と舌に弄ばれていたのだから。恥ずかしくない方がおかしい。
「大体、ズルイよ彩ちゃん。ウチだけ裸でさ、恥ずかしいじゃない。彩ちゃんも脱いでよ」
「なんだ、そんなことか。いいぜ、別に」
 あっさりと応えると、彩樹は自分のタンクトップに手をかけた。しかしそこで手を止めて、ふと思いついたように言う。
「どうせなら、早苗が脱がせてくれるか?」
「え…?」
 その台詞に一瞬驚いたが、考えてみれば早苗の服は彩樹の手で脱がされたのだ。おあいこといえばおあいこかもしれない。
「うん…いいよ」
 早苗がタンクトップに手をかけると、彩樹は脱がせやすいようにと両腕を上げた。
 服の下から現れた彩樹の身体は、一見かなり痩せている。
 しかし裸になったところをよく見れば、その身体は猫のようなしなやかな筋肉で覆われていることがわかる。無駄な脂肪が一切なく、しなやかさと瞬発力を秘めた良質の筋肉だけをまとっているために、痩せて見えるのだ。
 胸のふくらみは、大きさの点では発育のいい小学生にも劣るだろう。だからブラジャーも着けていない。一見少年のような上半身だが、男性にしてはやや大きな乳首が、彩樹の性別を示していた。
 いくつか、空手の稽古や試合、あるいは喧嘩でできたものと思われる傷があるが、それを除けば彩樹の肌はきれいだ。染みもほくろもない滑らかできめの細かい肌に、早苗はそっと指を滑らせた。
 女らしくはなく、かといって男のものでもない。性別不明の中性的な彩樹の身体に、思わず息をのむ。
 きれいだ、と思った。
 心臓の鼓動が激しくなる。
 同性愛の趣味はないはずなのに、思わず見とれてしまう。
 そっと指を伸ばし、それからおずおずと、その部分にキスをした。
「ん…」
 かすかに、声を漏らす彩樹。早苗が訊く。
「気持ちいいの?」
「いいに決まってンだろ」
 早苗の頭を撫でながら応える。
「彩ちゃんて、最初から最後まで『攻め』なのかと思ってた」
「そうさ。だから、『してもらう』んじゃなくて『させる』のが好きなんだ」
 そういうと彩樹は、早苗の頭を乱暴に掴んで胸に押しつけた。早苗はなすがまま、乳首を口に含む。
「な、下も触ってくれよ」
「え? う…ん」
 言われて、手を彩樹の下腹部へと滑らす。ジーンズのボタンを外してファスナーを下ろした。こんな彩樹でも、下着は一応女物だった。『女の子らしさ』よりも動きやすさを重視したデザインではあるが。
 頬が赤くなる。自分がすごく、はしたないことをしているような気になる。
 手を中に差し入れ、ショーツの上からそっと指でなぞってみる。
 暖かくて、なんとなく湿っぽい。
「ん…ふぅ…」
 彩樹が小さく息を吐く。
「濡れてる…んだ?」
「当たり前だろ」
 驚いたように言うと、頭を軽く小突かれた。
「こんな風に触られて、濡れない方が問題あるだろ。女として」
「彩ちゃんでも一応、女の子の自覚はあるんだね〜」
 そう言うなり、髪を引っ張られた。こんな外見の彩樹だが、男に間違われることをひどく嫌う。根っからの男嫌いだからだ。
 早苗がジーンズに手をかけると、彩樹は脱がしやすいようにと軽く腰を浮かす。油断するとすぐに余分な脂肪がついてしまう早苗としては、すらりとした彩樹の身体が少しうらやましかった。
「…これも、脱がしちゃっていい?」
 ショーツに指を引っかけて訊く。彩樹は別に恥ずかしがる様子もなくうなずいて、早苗を少しがっかりさせた。
 それでもどきどきしながら、最後の一枚を脱がす。こうして他人の裸を見るなんて初めてのことだ。
 彩樹のそこは、たしかに『女の子』だった。彩樹の性別はわかっているつもりでも、やっぱりなんだか意外な気がしてしまう。それを口に出すとまた殴られるので、なにも言わずにいたが。
 陰毛はひどく薄い。産毛がわずかに濃くなった程度でしかない。剃り跡も見えないから、こまめにお手入れしているというわけではないようだ。もともとこういう体質なのだろう。
 その奥に見える女性器も、高校生にしてはずいぶんと幼く感じた。身長に関しては人一倍発育の良い彩樹なのに、少し不思議な気がする。
(そういえば…)
 ふと、早苗は思いだした。
 知り合って一年近くになるが、彩樹が体育の授業を見学しているところを見たことがない。
 身体を動かすことが好きな性格だから休まないのかと思っていたが。もしかしたら、休む必要がなかったのかもしれない。
 背は平均よりもかなり高い彩樹なのに、その身体には十代後半の少女らしさはほとんど感じられず。むしろ、もっと幼い少年っぽさの残る、中性的な雰囲気の。
 それは、第二次性徴がほとんど顕れていない身体だった。
(だから…?)
 早苗は首を傾げる。
 だから、あの性格なのだろうか?
 それとも逆に、あの性格が身体の成長すら拒んでしまったのだろうか?
 全裸になった彩樹の身体には、男でも女でもない、不思議な色気が感じられた。
 早苗は、恐る恐る指を伸ばす。
 自分のを触ったことがないわけではないが、もちろん、他の女の子を触るなんて初めてだ。
 ヌルリとした感触。中は温かいというよりもむしろ熱いくらいで。
「ん…はぁ…」
 彩樹の声はハスキーなせいもあるが、こんな時でもあまり女の子らしくは聞こえない。
「指…入れて」
「うん…」
 言われるままに、中指を奥へと進めていく。
 そこは溢れ出すほどに濡れていて、思いのほかスムーズに奥まで入っていく。
 彩樹が短く声を上げ、早苗を抱く腕に力が入る。腰が動いている。早苗の指を、もっともっと奥へと導くように。
「…上手だな、早苗」
「え? そ、そうかな?」
 そんなことを言われたって、経験の浅い早苗にはよくわからない。
「いつも、ひとりエッチとかしてるんじゃないか?」
「そ、そんなこと…。いつもなんてしてないよ!」
「ふ〜ん、じゃあ…」
 彩樹は可笑しそうに言った。
「たまにはしてるんだ」
 早苗はたちまち真っ赤になる。そりゃあ、してみたことがないわけじゃない。だからといって露骨に訊かれて「はい、してます」なんて答えられるはずがない。
 そんな早苗の反応に、彩樹は声を上げて笑った。
「早苗は指先が器用だからかな。すごく気持ちイイ」
「そ、そぉ?」
「いろんな相手としてるとね、それぞれ感じ方が違うんだ。早苗のは、すごくイイ」
「…ま、そう言われて悪い気はしない…かな」
 調子に乗って指を動かす。中指を、根元まで埋める。
 続いて、人差し指も。
 不思議な感触だった。
 初めての経験だった。自分でするときは、せいぜい第二関節くらいまでしか入れたことはない。
 中は熱くて、ヌルヌルしていて、指を柔らかく包み込むような。まるで内臓を直に触っているような、奇妙な感覚。
 指を動かすたびに、彩樹の熱い吐息が耳にかかる。
「…ねぇ、彩ちゃん?」
「ん…?」
「彩ちゃんて、バージンじゃない…よね?」
 そうでなければ、たとえ指だってこんなにスムーズに挿入できるはずがない。早苗が自分で指を入れてみたときは、一本だって少し痛かったのだ。
「当たり前だろ」
 彩樹はこともなげに言う。
「いまさらなに言ってンだよ」
「…だよね」
 早苗もうなずく。あれだけたくさんの女の子を手込めにしている彩樹が、バージンであるはずがない。
 しかし、だとすると…
「じゃあ、姫様の護衛って…」
 去年の夏休みに、彩樹と早苗、そして一姫の三人が、マウンマン王国の王女アリアーナの護衛を務めたとき。その役につく人間には、条件があった。
『王女と同年代の少女で、清らかな乙女であること』と。
「あれは、知内のおっさんが早合点したんだ。別に、ウソついた訳じゃないぜ。向こうが勝手に間違えて、オレはただ、訂正しなかっただけ」
 彩樹はにやっと笑ってみせる。
「ずる〜い! それってほとんど詐欺じゃない」
「確かめない方が悪い」
「そんなこと、できるわけないじゃない!」
「いいじゃん、別に。オレがいなかったら、どうなっていたことか」
「それはそうだけど…」
 王位継承権を巡って、実の兄に命を狙われていたアリアーナ姫の危機を何度も救ったのは、ほとんど彩樹の手柄だった。早苗や一姫だけでは、とても護りきれなかったに違いない。
「そんなことより、さ」
 彩樹が耳元でささやく。
「続き、してくれよ」
「…あ、うん」
 早苗はまた指を動かす。
 目を閉じて、かすかに口を開いて感じている彩樹を見ながら。
(それにしても…)
 彩樹の初めての相手って、いったいどんな人なのだろう。知りたい気がする。
 彩樹の性格からして男のはずはない。かといって女の子相手の彩樹は、たとえ相手が年上だって基本的に『タチ』だ。年上の『お姉さま』にバージンを奪われる彩樹というのも、いまいち想像しにくい光景だった。
 そんなことを考えながらも、指の動きを少しずつ速くしていく。彩樹の息が荒くなり、腰の動きが大きくなる。
 動きに合わせて彩樹がかすかに漏らす切なげな声に、早苗も興奮していた。
 彩樹の腕に力が込められる。痛いくらいに強く抱きしめられて。
「あっ…んんっ!」
 彩樹の身体が小刻みに震える。次の瞬間ふぅっと大きく息を吐き出して、全身から力が抜けた。
 しばらくそのまま黙っていて。笑いを堪えているような表情で早苗の顔を見ていた。
「…なによ」
 沈黙に耐えきれず、早苗が訊く。
「テクニシャンだな。顔も可愛いしその胸だし、フーゾクで働けば稼げるだろうな〜」
「べ〜っだ」
 早苗は舌を出してみせる。
「好きでもない人と、お金のためにこんなコトなんてできないよ」
「…てことは、オレに対しては愛があるってことか」
「あ、愛っていうか…ウチはノーマルだよ! でも…」
 早苗は恥ずかしそうにうつむいた。
「でも…彩ちゃんは…好き」
「オレも、早苗のこと好きだよ」
 上体を起こして早苗を抱きしめ、顔中にキスの雨を降らせる。
「彩ちゃんの場合は、早苗のことも、でしょ」
 早苗は拗ねたように言った。
「妬いてんのか?」
 彩樹が人差し指で、早苗の頬をつつく。
「だ〜れが! あんまり自惚れないでよね」
 口ではそう言った早苗だが、内心あまり自信はなかった。



 真夜中過ぎに、ふと目を覚ましたとき――。
 早苗は、彩樹の腕枕で眠っていた。
 部屋の灯りもつけたまま。
 いつの間にか眠ってしまったらしい。二人とも全裸だった。
 あの後また攻守交代して、何度もイカされて…その先の記憶がない。疲れきって眠ってしまったようだ。
 彩樹と、直に肌が触れ合っている。
 裸で抱き合って肌と肌を合わせることが気持ちのいいことだと、初めて知った。彩樹とはこれまでにも何度かこういうことをしたことがあるが、その時は下着姿まで。全部脱がされてしまったのは初めてだ。
 彩樹は、まだ眠っている。
 平和そうな、安らかな寝顔。
 彩樹のこんな表情は、起きているときにはまず見ることが出来ない。早苗はしばらく、その寝顔に見とれていた。
 実際のところ、彩樹の顔だちはかなり整っている。その強烈な性格のために顔の評価はつい後回しになってしまうが、なかなかの美人だ。
 よく『美少年顔』と評されるが、それは髪型と服装の影響が大きい。もう少し髪を伸ばして女の子らしい服を着せれば、すれ違う男がことごとく振り返るほどの美女になるだろう。
(そういえば…)
 以前見た、小学生の頃の彩樹の写真を思い出す。
 肩にかかるくらいに髪を伸ばして、ちゃんと女物の服を着て。活発そうではあったが、可愛い女の子だった。
 そしてその隣に、物静かで大人びた雰囲気の中学生――彩樹の姉――が微笑んで立っていた。
 それがどうして今みたいな外見と性格に育ったのか、知りたい気がする。
 早苗は、小学生の頃の彩樹を実際に見たことはない。彩樹は転校生だ。およそ三年前…中学一年の初夏に、白岩中へ転校してきたのだ。
 それ以前の住所も札幌市内らしいが、詳しいことは知らない。彩樹は普段、自分のことなどほとんど話さない。
 だから早苗が知っていることは、彩樹が会話の中でうっかり口を滑らせたことと、この部屋に遊びに来て、偶然目に入ったものから推測したこと。
 そしてもう一つの情報源は…噂。
 彩樹ほどの目立つ人物なら、校内で話題に上ることも多い。正真正銘の事実から、まったく根も葉もない流言まで。噂には事欠かない彩樹である。
 その中でも、ごく一部の生徒にしか知られていない噂があった。
 それが事実かどうか、早苗にも分からない。
 まさかそんなこと――そう思いたいが、彩樹ならあり得るような気もする。
 彩樹本人に確かめることなど思いも寄らない――そんな噂。

 静内彩樹は、人を殺したことがある――と。




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