その翌週の土曜日。
学校は休みだった。だから彩樹はいつものように、後輩の女の子を部屋に連れ込んでいた。
「や…ダメ、お姉さま」
ベッドの上で背後から彩樹に抱きすくめられたショートカットの少女が、身体をよじらせる。
白岩学園の一年後輩で、取り巻きの中でもけっこうお気に入りの奈津美だ。
彩樹は奈津美の抗議を無視して、慣れた手つきでブラウスのボタンをはずしていく。もとより、奈津美だって本気で嫌がっているわけではないことは先刻承知だ。
ブラウスを脱がし、ブラのホックをはずし、奈津美の胸が露わになる。
彩樹は小柄な少女のうなじに口づけると、そのまま背中に向かって舌を滑らせた。
「は…ぁん…」
奈津美がとろけそうな声を上げる。
彩樹の両手は奈津美の、やや小ぶりな胸を包み込んで。人差し指の先が、小さなピンク色の突起を転がす。
「だ…めぇ…、そんなにしちゃ…感じ過ぎちゃう…」
「いいじゃん。めちゃくちゃになるまで、感じさせてやるよ」
「あ〜ん…だめぇ…」
これが、彩樹にとっての至福の時だ。
片手を胸からはずして下半身に滑らせ、スカートの中へと侵入させた。
下着の上からでも、湿っているのが感じられる。指を中にもぐり込ませる。熱く潤った泉に直に触れる。
「ひゃっ…あぁっ…はぁっ!」
奈津美は指の動きに合わせて、断続的な短い悲鳴を上げる。
「だめ…だめ…はぁっ! いっちゃう…」
「いいぜ、いっちゃえよ」
彩樹の言葉に促されて、少女がいままさに達しようとしたとき――
「彩樹さん、姫様が呼んでますの。すぐ一緒に…」
小鳥のようなソプラノの声とともに、突然、部屋の真ん中に一人の少女が現れた。
文字通り、突然その場に出現したのだ。
腰まで届く長い黒髪の、小柄な少女。手には、先端に大きな水晶のような結晶の付いた、奇妙な長い杖を持って。
彩樹と目が合い、一瞬、気まずい沈黙がその場を支配した。
「…一緒に…あの、一緒に、来て欲しいって…あの…その…」
目の前で繰り広げられている光景に気付いた少女が、しどろもどろに言う。
彩樹も一瞬驚いたが、腕の中にいる奈津美はそれ以上に、なにが起こったのかわからないといった様子で目を丸く見開いている。
「…あの…えっと……お、お取り込み中でしたのね。し、失礼しました〜!」
突然現れた少女は引きつった笑みを浮かべ、後ずさって部屋から出ると扉を閉めた。
廊下に出た一姫が、真っ赤な顔で息をふぅっと吐き出したとき、
「きゃああああぁぁぁぁっっっっ!」
部屋の中から、甲高い悲鳴が聞こえた。窓ガラスがビリビリと震える。
「なに? なに? 今の? いやあぁぁっ!」
部屋の中から、なにやらドタバタという音が聞こえる。やがて勢い良く扉が開くと、乱れた服を身につけた少女が飛び出してきた。
少女は一姫の方はちらとも見ずに、バタバタと階段を駆け下りる。数秒後、玄関が開く音がした。
困ったようにその様子を見送っていた一姫は、背後に殺気を感じて、バネが弾けるような動きで振り返った。
彩樹が、そこに立っていた。
口元には笑みが浮かんでいるが、目が笑っていない。
「い〜つ〜き〜」
地の底から響くような声だった。
「あ、あははははは…、さ、彩樹さんてば、お取り込み中でしたのね。それならそうと、言ってくださらなくちゃ…」
「ふ…ふふふ…」
「あ…あはは…」
一姫は笑ってごまかそうとする。
この状況下で、他にどんな選択肢があるというのだろう。
彩樹も笑っている。
しかしそれはひどく危険な――早苗に言わせると「手負いの子連れヒグマよりも危険な」――極上の笑みだった。
「じゃ、あの、わたくしはこれで…」
「逃がすかぁっ!」
身の危険を感じた一姫は、杖をかざしてその場を立ち去ろうとした。が一瞬遅く、彩樹に髪をつかまれる。
「あ、あ、あの…」
「…よりによって、いっちばんいいところで邪魔しやがって…。責任とってもらおうか?」
「責任って、責任って…あの…」
「決まってるだろ」
彩樹が犬歯を見せて笑う。いろいろな意味で『本気』の時に見せる笑いだった。こういう場合の『責任』の取り方はひとつしかあり得ない。
「代わりに、お前がやらせろ〜!」
軽い一姫の身体が、ベッドまで放り投げられた。身体を起こすよりも先に、彩樹が覆いかぶさってくる。
「いやぁぁぁっっっっっ!」
絹を裂くような悲鳴が、家中に響き渡った。
「ずいぶんと遅かったな。わたしは大至急と言ったはずだが?」
感情の感じられない、抑揚のない声だった。
責めているわけではない。これが、いつもの口調なのだ。
問いかけているのは、美しい金髪の少女。
彩樹たちと同年代なのだろうが、まとっている雰囲気はずっと大人っぽい。
長いストレートの金髪と、紫がかった瞳の持ち主。
あまり感情を表に出さず無表情なため、どこか人形めいた印象も受ける。しかし彼女が絶世の美少女であることは、万人が認めるところだった。
少女の名は、アリアーナ・シリオヌマン。
このマウンマン王国の王女であり、昨年病死した先王の後を継いで、喪が明けたら女王に即位することが決まっていた。
一年近く前、彼女は王位継承権を巡って実の兄に命を狙われていた。そのときアリアーナの腹心たちは、護衛を務める人間を、よりによって異世界からスカウトしてきたのだ。魔法の助けを借りて。
この世界の人間でなければ、敵である王子の息がかかっている心配はない。しかも伝説によれば、異世界から連れてきた人間は、この世界では優れた能力を発揮するというのがその理由だ。
それが、彩樹、早苗、一姫の三人だ。三人は危ない目に遭いながらもアリアーナを守り抜き、以来アリアーナと三人は友人だった。ただし早苗や一姫はともかく、彩樹とは決して「仲がいい」と言えるような関係ではない。理由はよくわからないから、単にウマが合わないということなのだろうか。とにかく、二人の会話はいつも刺々しい感じがした。
「…で、なにをやっていたんだ?」
どことなく乾いた声で、アリアーナが訊く。
しかし彩樹は素知らぬ顔でそっぽを向いているし、一姫は顔を真っ赤にしてうつむいていた。
隣に座っている彩樹は、呆れ顔で肩をすくめる。二人の顔を見れば、おおよそなにがあったか見当がつくというものだ。
「…まあいい、本題に入ろう。今日来てもらったのは他でもない。サイキに、ちょっとした頼みがあるのだ」
「オレに?」
彩樹が怪訝そうな表情を見せる。
顔を会わせると喧嘩ばかりしているような間柄である。あらたまって頼み事というのも腑に落ちない。しかしアリアーナは構わずに続けた。
「半月ほど後に、この城で武闘大会が開かれる。サイキはそれに出場して、優勝するんだ」
「は…?」
なにそれ? そんな表情で、三人は顔を見合わせた。
話は、数日前にさかのぼる――
山のような書類を相手にする仕事が一段落して、少し休憩しようとしていたアリアーナの元へ、一人の美しい女性がやってきた。
フィフィール・レイド。マウンマン王国の宮廷魔術師であり、アリアーナの教育係であり、政務の補佐役でもある。
フィフィールは、分厚い紙の束を持っていた。なにか急な仕事か、とわずかに眉をひそめたアリアーナに向かって、意味深な笑みを浮かべる。
目の前にどさりと置かれた書類の、いちばん上の一枚を手に取る。とたんにアリアーナの表情が曇った。
フィフィールの後に続いて、数人の男たちが荷物を抱えて入ってくる。その時にはもう、アリアーナにもそれがなにかわかっていた。
肖像画、だ。何十枚もの。
「…なんだ、これは?」
訊くまでもなくわかってはいたが、嫌みのつもりで口を開いた。
「どれが、いいですか?」
フィフィールがにっこりと笑う。彼女は今年で二十五歳になるが、そんな表情をするともっと幼く見えた。しかし、その笑顔に騙されると大変なことになる。
「…なんの話だ?」
「姫様の、婚約者候補たちです。お好きな殿方をお選びください」
アリアーナはこれ見よがしに大きなため息をついた。最近、ことあるごとにこの話題を持ち出される。
理由は分かり切っている。間もなく、昨年病死した先王――アリアーナの父――の喪が明けて、アリアーナが正式に女王に即位するからだ。
フィフィールや大臣たちに言わせると「跡継ぎを残すことも王としての務め」なのだそうだが、いきなりそんなことを言われても、まだ十六歳の誕生日も迎えていないアリアーナには実感が湧かない。第一、肖像画と紙に書かれた経歴だけで、結婚相手など決められるものではない。
「これも、国王としての義務です」
「義務で結婚などできるか。わたしの意志はまるでお構いなしか?」
「そんなことはありません。ですから、国内はもとより近隣諸国まで巡って、これだけの候補を揃えました。どうぞお好みの殿方をお選びください」
そう言うと数枚の肖像画を手に取って見せる。見たところ十五歳から三十歳くらい、みな頭の切れそうな美形で、どちらかと言えば線の細いタイプばかりだった。諸国を巡って候補を捜したにしては、偏りがあるように感じる。
アリアーナはその点を指摘してみた。
「姫様の好みがわかりませんので、私の趣味で選んでみました」
フィフィールは悪びれずに言う。アリアーナはもう一度ため息をついた。
「他にお好みのタイプがあれば、該当する者を探せますが?」
そこでアリアーナは、とりあえずこの候補者たちの中にはいないタイプを口にしてみた。
「それで、姫様はなんと仰ったんですの?」
興味津々といった様子で一姫が訊く。
アリアーナは少し間をおいてから、ようやく口を開いた。
「顔や頭にはさほど興味はない。どちらかといえばもっと強い人物…万が一のときに、命懸けでわたしを護ってくれるような…と」
「なるほど、それで武闘大会…」
納得顔で早苗がうなずく。
「優勝者が、姫様と婚約するというわけですのね?」
「フィフィールはそういうつもりらしい」
「…で?」
それまで黙っていた彩樹がようやく口を開いた。
「で…とは?」
アリアーナが訊き返す。
「何故、オレがそれに出なきゃならない?」
「嫌か?」
「嫌とかなんとかじゃなくて、何故だ? 女だぞ、オレは」
「…そういえば、そうだったか?」
アリアーナが真剣な表情で言うので、彩樹は眉間にしわを寄せて立ち上がりかけた。早苗が慌てて止める。
「冗談だ。女だからこそ、出てもらわなきゃならないんだ」
「女だからこそ…?」
「あれは、口からでまかせだからな。将来は仕方ないとしても、今のところ、わたしは結婚などする気はない。しかしそれではフィフィールたちが収まるまい」
「ああ、それで彩ちゃん…」
早苗と一姫がそろってうなずく。
「大会に優勝できるだけの力があって、わたしが絶対に結婚せずに済む相手は他にいない」
「でも、女の彩樹さんが出場したら、フィフィールさんたちがなにか言いませんか?」
「構わん。女に負けるような奴に、わたしを護れるか――そう言ってやれば済む話だ」
「なるほど。さすが姫様、策士だね〜」
早苗も一姫も、アリアーナの策に素直に感心している。しかし彩樹だけは納得していない。
「だからって、何故オレがそんなことに協力しなきゃならないんだ? お前なんかのために」
「ちょっと彩ちゃん…」
諭すような早苗の言葉を、もうひとつの声がさえぎった。
「あら、サイキ様は出場なさらないんですか?」
それは、お茶を運んできた侍女だった。アリアーナより一、二歳年上と思われる、赤毛で可愛らしい少女だ。
「残念ですわ。私たち、優勝はサイキ様に違いないと噂していましたのに。みんなで応援しようと話していたんですよ」
お茶を持ってきたもう一人の侍女の方を見て「ねえ」とうなずき合う。侍女の採用基準に『顔』の項目があるのかどうかは知らないが、こちらもなかなかの美少女だ。
「試合場に立つサイキ様のお姿を拝見するのが楽しみでしたのに」
「そうよね。あの凛々しいお姿…。一目だけでも見られたらと思っておりましたの」
ハート型の瞳をした侍女たちはうっとりとつぶやく。
「そうか?」
どことなく不健全な笑みを浮かべて、彩樹が立ち上がった。二人の侍女たちの肩を抱くような態勢で言う。
「そこまで言うんなら、出るよ。お前たちのために」
「まあ、本当に?」
彩樹は頷く。
侍女たちが歓声を上げた。
その言葉に、早苗はほっと胸をなで下ろしたが、ふと、目の前に座るアリアーナの表情に気付いた。無表情なアリアーナには珍しく、なにやら笑いをこらえているようにも見える。
それで、すべてを理解した。
「…姫様って最近、彩ちゃんの操縦がうまくなったよね〜」
隣の一姫だけに聞こえるようにささやく。
「彩樹さんが単純すぎるんですわ」
彩樹に抱かれている侍女たちに嫉妬しているのか、むっとした様子で一姫は応えた。
「サナエ」
城の中庭を歩いていた早苗は、不意に呼び止められた。
よく知っている声だった。
振り返ると、精悍な顔立ちの青年が立っている。
「シルラート様…」
早苗の頬が、わずかに赤みを増した。
アリアーナのすぐ上の兄、第二王子のシルラートだ。女好きで巨乳フェチと噂される彼は、早苗が大のお気に入りだ。
当の早苗もまんざらではない。目つきが鋭く黒髪のシルラートは、彩樹と少し似た雰囲気を持つ美形だった。
彩樹に惹かれているからシルラートのことも気になるのか、それともシルラートが好きだから彩樹にも魅力を感じてしまうのか、その点については自分でもよくわからなかったが。
「なにか、ご用ですか?」
やや警戒した面持ちで訊いた。シルラートのことは嫌いではないが、あまり気を許すことはできない相手だった。隙を見せたら何をされるかわからない。彼が彩樹と似ているのは、外見だけではないのだ。まあ、彩樹ほどには強引でも乱暴でもないのだが。
「そう警戒しなくてもいいだろう」
シルラートは笑って言う。
「ただ、ちょっと訊きたいことがあったんだ」
「…なんですか?」
「今度の武闘大会に、君の友人のサイキも出場するのだろう?」
早苗は少し驚いた。彩樹が出場を承諾したのはつい先刻だというのに、ずいぶんと早耳ではないか。
「正直なところ、彼女はどのくらい強いんだ? 優勝できそうなのか?」
「…めちゃくちゃ強いですよ。きっと、優勝すると思いますけど」
早苗は少し考えて答えた。
「今度の大会には、国内はもとより近隣の国々からも腕自慢が集まる。それでもか?」
「なんて言うのかな…。ウチには、彩ちゃんが負けるところなんて想像できないんですよ」
「そうか…」
シルラートはやや困惑気味にうなずいた。
「となると、こっちもそれなりの人材を用意しないと駄目か…」
「どういう意味ですか?」
今度は早苗が訊く。
「なに、大会には、私の部下も出場させようと思ってね」
「…何故?」
早苗の表情が真剣になる。シルラートは、別な意味でも油断できない相手であることを思い出した。
「女王の夫が自分の腹心であれば、いろいろと都合がいいとは思わないかい?」
シルラートが笑う。しかし、早苗にとっては笑い事ではない。顔がわずかにこわばる。
以前、アリアーナがシルラートに王位を譲ると申し出たとき、彼はそれを断った。しかしそれは、王位に固執する第一王子のサルカンドに敵対することを避けるためであり、彼自身がまったく権力欲がないというわけではない。
自分自身は表舞台には立たず、息のかかった人間をアリアーナの夫にしようとは。頭がいいといえば頭がいいし、小狡いといえば小狡い。
「…けっこう、悪賢いんですね」
早苗は、率直な感想を口にした。
「まあ、ね。でも、少しくらい悪い男の方が魅力的とは思わないか、サナエは?」
「う…」
否定はできなかった。根っからの善人が好みなら、そもそも彩樹とだって仲良くできるはずもない。
「それに、アリアーナが夫に操られる程度の女なら、国を任せるわけにもいかないだろう? だったら、策を講じておいても損はない。それがこの国のためでもある」
どうやら、口ではシルラートにかなわないようだ。早苗としては、彩樹が優勝してくれることを祈るしかなかった。
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