「そろそろ、私の気持ちに応えてくれてもいいんじゃないか、サナエ?」
黒髪の青年が耳元でささやく。その瞳は鋭いが、しかし優しい。声を聞いているだけでとろけてしまいそうだ。
平均よりもかなり大きな胸が、かぁっと熱くなった。
「シルラート様……」
剣と魔法が支配する異世界、マウンマン王国の王兄であるシルラート・シリオヌマンは、女好きの巨乳フェチではあるが、それさえ除けば外見も中身も折り紙付きの「いい男」だった。
そんな男性に口説かれているのだから、早苗としてももちろん悪い気はしない。それにシルラートは、顔が少し彩樹に似ていることもあるし。
いまだに、自分でもわからずにいる。彩樹に惹かれているからシルラートのことも気になるのか、それともシルラートが好きだから彩樹にも魅力を感じてしまうのか。
「サナエ、私ならきっと、君を幸せにしてあげられる」
「シルラート様……」
早苗を抱き寄せるその腕は、見た目よりも力強かった。シルラートも着やせするたちなのだろう。
唇が、近付いてくる。
早苗は抗わず、目を閉じて顔を上げた。
と、その時。
「こら、何やってんだ?」
怒気をはらんだ声が割り込んでくる。慌てて目を開けると、彩樹が腕組みをして危険な笑みを浮かべていた。
「あ、あ、彩ちゃん!」
「まったく、目を離すとすぐ浮気するんだからな」
「あ、彩ちゃんにそんなこと言われたくないよ!」
早苗はぷぅっと頬を膨らませる。常に二桁の恋人を持ち、中学時代から「白岩学園のバージンキラー」と呼ばれていた彩樹に、浮気云々で責められたくない。とはいえ、彩樹がやきもちを妬いてくれることは内心嬉しかった。
「また君か。どうしていつもいいところで邪魔をするんだ、サイキ?」
馬に蹴られて死んじまえ、とでも言いたげな表情でシルラートは彩樹を睨む。彩樹も同じように睨み返した。
「当然だろ、早苗はオレの女だ」
「それは君の勝手な思いこみだろう。なあ、サナエ?」
二人は揃って早苗を見た。二人の目が「どっちを選ぶのか」と訊いている。
「え、えっと……」
早苗は返答に窮した。本当に、どちらを選んでよいのかわからないのだ。
身分も財力も申し分なく、自分を「レディ」として扱ってくれるシルラート。
乱暴だけど、何があっても護ってくれるという安心感がある彩樹。
どちらも大好きだった。一人だけを選ぶなんてできない。外見もよく似ているのだからなおさら始末が悪い。ついでにいうと、二人とも甲乙つけがたいテクニシャンだった。
「早苗」
「サナエ」
詰め寄ってくる二人の声が重なる。
「えっと……。ふ、二人ともって、ダメかなぁ」
本当にもう、どちらかを選ぶなんてできないのだ。
「二人とも……ね」
「まあ、いいけど」
意外なことに、二人は納得したような表情をしていた。これにはむしろ、早苗の方が驚いた。
「え? い、いいの?」
「ああ、いいさ」
二人揃ってうなずく。
「それにしても、3Pがいいなんて……」
「……サナエも大胆になったね」
「えっ?」
二人が等間隔で距離を詰めてくる。
「さ、さ、3Pって……。二人ともってゆーのは、別にそういう意味じゃあ……」
言いかけたところで、二人同時に、前後からぎゅうっと抱きしめられた。前にいるシルラートが唇を重ねてくる。背後にいる彩樹の唇が耳たぶを噛む。
そして二人の手が、早苗の豊かな胸を弄んでいた。
「や、あぁん……」
すごく、気持ちよかった。困ったことに。
一人だけだって、すごいテクニシャンなのに。
(今日は、二倍気持ちいいよぉ……)
身も心もとろけそうになりながら、早苗は二人の腕に身を委ねていた。
一姫は、幸せだった。
よく晴れた気持ちのいい休日。彩樹と二人、腕を組んで通りを歩いている。
今日は二人きりのデート。彩樹を独り占めできるのだ。
嬉しくて嬉しくて、腕にぎゅっとしがみついた。小柄な一姫は、彩樹の腕にぶら下がるような格好になる。
「甘えんぼ」
こつんと、おでこを小突かれる。
優しく撫でられるよりも、この方が彩樹らしくて。
それがまた、嬉しかった。
時折、すれ違う人たちが羨望のまなざしで振り返っていく。
それも当然だろう。自分たちは、こんなに素敵なカップルなのだから。
「これから、どこへ行きますか?」
「そりゃあ、これしかないだろ」
「え?」
ふと気付くと、目の前にラブホテルがあった。
あまり大きくはない、だけど新しくて小綺麗な建物。
一姫の頬と耳が、見る間に赤みを増していく。
胸の奥がかぁっと熱くなって、立ち止まってうつむいた。
「でも……」
「嫌か?」
嫌じゃない。全然、嫌じゃない。
ただ、ちょっと恥ずかしいだけ。
彩樹にはこれまで、何度もキスされたり触られたり、服を脱がされたりはしてきたけれど、まだ最後の一線は越えていなかった。
(それも、今日で終わり……)
胸いっぱいの期待と、ほんの少しの不安。
発育不全、といつも彩樹や早苗にからかわれる一姫だけど、ついに少女から女へと羽化する日がやって来たのだ。
「嫌じゃ、ないです……ぜんぜん」
彩樹の腕にしがみついて、首を小さく横に振った。
「でも……よかった。今日、いちばんお気に入りの下着を着けてきて」
「関係ないよ。どうせすぐに脱がすんだから」
「そんな。可愛いんですよ、すごく」
「オレにとっては包装よりも中身の方が大事」
彩樹は笑って言うと、一姫の肩を抱いてホテルの入口へと向かった。
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