株式会社MPSは、札幌市豊平区にある小さな人材派遣&紹介会社だ。
そのオフィスに、ある特殊な用途にのみ使用される部外者立ち入り禁止の一室がある。
室内にはなにも置かれていない。ただ、床一面に複雑な魔法陣が描かれているだけ。三人娘たちが、向こうからの帰還の際に使っているものだ。
無人の室内が一瞬、光に包まれる。光が消えると、魔法陣の上には五人の少女の姿があった。
彩樹、アリアーナ、早苗、一姫、そして歩美。
早苗が窓のブラインドを開ける。歩美は窓に張付くようにして外を見た。
その目から、涙がこぼれ落ちる。
「帰ってきた……本当に、帰ってきた……」
涙は後から後から溢れ出て、頬を伝い落ちる。
無言で歩美の背中を見つめていた四人の中で、アリアーナが最初に口を開いた。
「……しかし、このまま帰してしまうのは惜しい気もするな」
「え?」
「ぜひとも、わたしの近衛騎士団に欲しい人材だ」
「あ……」
早苗は思わずうなずいた。
現在、マウンマン王国の近衛騎士団は慢性的な人手不足である。若く、見目良い女性で、騎士に相応しい技量を備えている……という条件を満たす者は国中を探してもそう多くはない。いまだに彩樹をボディガード代わりに使っているアリアーナなのだから、この世界から近衛騎士をスカウトしたとしても不思議はない。
それまで泣いていた歩美が、ゆっくりと振り返った。なにやら、複雑な表情を浮かべている。
「……近衛騎士って、その……、マウンマン王国ではエリートなんですよね?」
「無論だ。たとえ平民の出身であっても、貴族と同格の扱いを受ける」
「……それも、いっかな……行っちゃおうかなぁ」
「歩美ちゃん……?」
今にも泣きそうな寂しげな笑みを浮かべて首を傾げると、歩美は彩樹の方を見た。
「彩樹先輩って、しょっちゅう向こうの世界へ行ってるんですよね?」
「ああ、誰かさんの人使いが荒いからな」
ここへ戻ってくるまでの間に、彩樹たちの事情は歩美にも説明してある。
「だったら、このまま向こうへ戻って近衛騎士になっちゃおうかなぁ。女王陛下直々にスカウトされるなんて、すごいことですよね?」
「歩美ちゃん?」
驚いたのは早苗と一姫だ。大変な苦労をして、ようやく半年ぶりに故郷に戻ってきたというのに、いきなりなにを言い出すのだろう。
「どうして? ようやく帰って来れたんじゃない」
「だって……さ」
歩美は自分の身体をぎゅっと抱きしめた。涙が一筋、頬を伝う。
「家に帰って、お父さんやお母さんになんて言えばいいんだろう。こんな……汚れちゃった身体で……」
その後は言葉にならなかった。がらんとした室内に嗚咽が響く。
泣きじゃくる歩美に、相変わらずの笑みを浮かべた彩樹が近付いていった。
「汚れた? どこが?」
目にもとまらぬ早業で、歩美のTシャツを脱がす。
「先刻、風呂にも入ってきたし、綺麗なもんじゃないか」
「そ、そーゆー意味じゃないです! やっ……あぁんっ!」
露わになった胸に唇を押しつけられた歩美が身悶える。彩樹の掌が、滑らかな肌の上を滑っていく。
「ほら、こっちだって」
歩美が反応する間もなく、下も脱がしてしまった。こんな時の彩樹の動きは、空手の試合よりもよほど素速い。
「やぁぁっ、そんなとこ広げないでっ! やぁぁん! 舐めないでくださぁいっ!」
じたばたと暴れる歩美だが、抵抗の甲斐もなく床の上に押し倒されてしまう。彩樹が、非常にきわどい部分に顔を押しつける。
他の三人は「またか」という表情をしていた。
「やっ……ぁ……ぁんっ! あっ、ぁんっ!」
「あの年増女に犯されたから、家に帰れないって? そんなこと気にしててどうする。ンなもん、よくあることだぞ」
「え……?」
歩美を身体の下に組み伏せたまま、彩樹が上体を起こした。ほんの一瞬だけ優しい笑みを浮かべて歩美を見たが、またすぐにいつもの皮肉っぽい表情に変わる。親指を立てて早苗を指差した。
「見ろよ。こいつなんかオレにさんざん弄ばれてるけど、毎日能天気に暮らしてるぞ」
「な、なんでここでウチを持ち出すのっ! それだったらいっちゃんだって同じじゃない!」
「……と、ゆーわけだ。同性に犯されるなんて、珍しいことじゃない」
「……珍しくないんですか?」
歩美は身体を起こしながら、確認するように早苗を見る。頬を赤らめながら、早苗は顔の前で手を左右に振った。
「いや、ここだけここだけ」
とはいえ、『彩樹の周囲』に限っていえば珍しい話ではない。というよりも日常茶飯事だ。
「あのね、歩美ちゃん」
早苗は歩美の傍に屈んで、顔を覗き込んだ。
「黙っていればいいと思うよ。「なにも訊かないで」ってね。きっとね、お父さんもお母さんも、温かく迎えてくれると思う」
「でも……」
「どうしても家が居心地悪かったら、オレん家に来ればいいさ。まあ、近衛騎士ってのも悪くはないけどな。向こうに遊びに行く楽しみが増える」
「彩樹先輩……」
目にいっぱいの涙を浮かべて、歩美は彩樹にしがみついた。ただし今度は、口元に笑みがこぼれている。
「……大好き」
「じゃとりあえず、今夜はうちに泊まるってことで」
「ちょおっと待ったぁ!」
早苗が慌てて割り込む。なんだかんだいってもこの中では一番の常識人だ。
「とにかくまず、一度家に帰らなきゃ」
「妬いてンのか?」
「誰がっ!」
目の前で繰り広げられる早苗と彩樹の掛け合いに、歩美がぷっと吹きだした。
「彩樹先輩……今日は、家に帰ります。それで、あの……」
途中まで言いかけたところで、頬がぽっと朱く染まる。俯いて、蚊の鳴くような声で後を続けた。
「……明日、先輩の家に行ってもいいですか? その……その時に、今の……ううん、半年前の続きを……」
「よしよし、お前も大人になったなー」
下心まる出しのいやらしい笑みを浮かべて、彩樹が歩美の頭を撫でる。やきもち妬きの一姫がむくれているが、状況が状況だから文句を言うわけにもいかない。
それまで黙っていたアリアーナが、微かな笑みを浮かべた。
アリアーナはそのまま向こうに戻り、三人は歩美を家まで送っていった。
「……本当に、ありがとうございました」
玄関の前で、歩美がぴょこんと頭を下げる。
彩樹はその顎に手をかけて上を向かせて、乱暴に唇を重ねた。
「じゃ、また明日な」
「……はい!」
泣き笑いの表情でもう一度頭を下げて、歩美が家へ入っていく。半年ぶりの、自分の家へ。
それを見届けて、三人はその場から引き上げた。
もう夕方で、正面で大きな夕陽が山の陰に隠れようとしている。しばらく無言で歩いてから、一姫がぽつりと言った。
「……歩美さん、大丈夫でしょうか?」
「さあ、な。なるようになるさ」
「正直なところ、あまり後味のいい事件じゃないよね」
早苗は小さな溜息をついた。
歩美は無事に家へ帰ってきたが、それで傷が消えるわけではない。
向こうで闘奴として過ごした辛い半年間は、歴然とした事実なのだ。すぐに、元通りの生活に戻れるはずもない。
それでも。
どんなに大きな傷だって、生きてさえいれば少しずつ癒えていくものだ。
(……大丈夫だよね。彩ちゃんもいるし)
こんな時、彩樹の存在はある意味救いである。彩樹と一緒にいると、細かいことで悩むのが馬鹿馬鹿しくなってくるのだ。きっと歩美だってそう思うことだろう。
「だけど私、歩美さんが少し羨ましいですわ」
一姫が唇を尖らせながら、彩樹の腕に抱きついてくる。
「彩樹さんに、あんなに優しくしてもらって」
ようやく彩樹を独り占めできるとばかりに、しがみついた腕に頬ずりした。彩樹がその肩に手をかける。
「オレはいつだって優しいだろ。相手が女の子なら誰だって」
「……本気で言ってるところが怖いなぁ」
早苗は肩をすくめた。
普段の彩樹を思い出してみる。あれで「優しい」というのであれば、彩樹の優しさはかなり屈折している。
「彩樹さん。今晩、彩樹さんのところに泊まっていいですか?」
「もちろん。早苗も来るよな?」
「……まあ、どうしてもって言うんなら行ってもいいけど」
ため息まじりに早苗もうなずく。
ほら。
こうやって、当り前のように堂々と「3P」に誘って来るんだから。
やっぱり屈折している。
でも、本音を言えば。
(……そんなところも、嫌いじゃないけどね)
早苗も一姫を真似て、彩樹の空いている方の腕に抱きついた。
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