「今日はまた、特に遅かったな」
 マウンマン王国を統治する若き女王アリアーナ・シリオヌマンは、いつも通りのポーカーフェイスでつぶやいた。
 彼女の前には、同世代の四人の少女の姿がある。
 彩樹、早苗、一姫、そして何故かついてきている歩美。
 そのうち早苗と一姫は衣服が不自然に乱れていて、首筋や胸元に小さな朱い痣がいくつもあって、赤い顔をして汗ばんでいて、さらにいうとなんだか脚に力が入っていなかった。
「できれば、もう少し急いで欲しかったのだが」
「いや、それが……あまりにもタイミングが悪すぎて……」
 足元をふらつかせながら早苗は言った。まだ余韻が残っていて、頭がぼぅっとしている。
 あの時。
 彩樹の部屋の状況を見た瞬間、早苗と一姫は自分たちの運命が風前の灯火であることを悟った。
 お楽しみを邪魔された時の彩樹は、手負いの猛獣よりも危険な存在である。特に、自分が絶頂を迎える瞬間を邪魔された時はなおさらのこと。その怒りは、邪魔をした張本人に向けられる。
 当然の結果として、早苗と一姫は行き場を失った彩樹の性欲のはけ口にされてしまった。
 具体的にいうと、手かせ足かせを填められて、エッチな薬とか合法ドラッグとかをたっぷりと盛られて、その他様々なアイテムを総動員して腰が抜けるまで弄ばれてしまった、というわけだ。なにしろ場所が彩樹の部屋である。ベッドの横の引き出しを開けると、様々なアダルトグッズがぎっしりと詰め込まれているのだ。
 思い出しただけで、顔が火照ってしまう。あれだけ凌辱されて感じてしまった自分が恥ずかしい。とはいえ、彩樹のテクニックに抗える女の子など存在しない。
 それにしても今日はタイミングが悪すぎた。もっとも、こんなことは今回が初めてではない。アリアーナの依頼で彩樹を呼びに行くと、頻繁にあんな場面に出くわしてしまう。
「……姫様、わざとこーゆータイミングで呼びつけてませんか?」
 思わず、そう訊いてしまった。いくら女たらしの彩樹とはいえ、行くのはいつも昼間だというのに、あまりにも遭遇率が高すぎる。
 もっとも、
「サイキがいつでも女の子と一緒にいるというだけだろう」
 というアリアーナの台詞も一理あるといえなくもない。考えていることが表情に出ないだけに、彼女の本心はわからないが。
「……で、今日は何の用だ」
 彩樹が低い声で訊く。早苗と一姫を相手にあれだけやりたい放題やったのに、まだ機嫌は直っていないらしい。
「実は、この国で反乱が起こったんだ」
 アリアーナは相変わらずの無表情で、とんでもないことを口にした。



 それから一時間ほど後。
 アリアーナと彩樹の二人は、飛竜の背の上にいた。
「なんでオレばっかり……」
 高所恐怖症の彩樹は、下を見ないように気をつけながらぼやいている。早苗も一姫もここにはいない。彩樹とアリアーナの二人きりだ。
 二人は今、反乱の現場へと向かっている。鎮圧のため、首謀者と交渉するのだそうだ。
 もっとも彩樹は、交渉だけで事が済むとは考えていない。口には出していないが、アリアーナだってそうだろう。理想を追わない、現実的なものの考え方をする性格だ。
 そもそも、ここに早苗と一姫を連れてきていない時点で、穏便には済まないと言っているようなものだ。二人も本当はついて来たがっていたのに、アリアーナがそれを止めたのだ。それでいて嫌がる彩樹を無理やり連れてきているのだから、血を見るような事態を十分に予想していることになる。
 とはいえ、彩樹はそれほど深刻に考えてはいない。
 反乱といっても、首謀者は彩樹たちよりも年下の子供たちである。国内最高の魔術師養成機関である、王立魔法学院の学生たちなのだそうだ。
 幼い頃から一貫した教育で、エリート魔術師を養成する全寮制の学校だ。今は夏期休暇の時期で実家に帰省している学生が多く、教師もごくわずかしか残っていない。
 そのチャンスを狙って百人近い学生が蜂起、教師を追放して学院を占拠したらしい。子供とはいってもエリート魔術師である。戦力として考えれば無視できるものではない。
「しかし、二人だけで反乱の鎮圧とはな」
 彩樹は苦笑した。
「まさか全員を始末するわけにもいかん。こうしたことは、首謀者を抑えれば大概片がつく」
「まあ、それはそうだ」
「だから、サイキとわたしだけで行く。あまり大事にはしたくない。国軍や騎士団を率いて行くよりは、よほど穏便だろう」
「だからって女王自ら出向くのか? 他の連中に任せればいいだろ? いくらなんでも、そこまで人手不足じゃないだろうが」
「わたしが行くからこそ、チャンスがある。女王自ら交渉に出向いてきたとなれば、連中も無碍な対応はできまい。首謀者と直に会って話をする場が持てれば、それで決着が着く」
「だったらお前ひとりで行け。いちいちオレを巻き込むな」
「そう言うな、サイキの力が必要なんだ。しかし、サナエたちには見せない方がいいだろう」
「まあ、な」
 おそらくアリアーナは、首謀者と密室で会談の場をもって、そこで相手を殺すか捕らえるかするつもりなのだろう、と彩樹は思った。
 そうなればきっと、血生臭い展開になる。彩樹は気にもしないどころか、むしろ血を見るのが好きなくらいだが、早苗や一姫、そして歩美には刺激が強すぎるだろう。人が殺される場を目の当たりにして平然としていられる女子高生など、そう多くはない。
「で、オレはいいのか?」
「サイキは、そういうのが好きだろう?」
 よくわかっている。
 彩樹は、血が好きだった。
 血の匂いが好きだ。
 血の紅い色が好きだ。
 自らの手で誰かに血を流させることに、たまらない興奮を覚える。
 それにしてもアリアーナは、彩樹の歪んだ嗜好を満たすためにわざわざ連れてきたのだろうか。ボディガードが必要なら、本来は近衛騎士の誰かを使うのが普通だろう。
 あるいは、相手が魔術師ということだから、主席宮廷魔術師で経験豊富なフィフィールの方が適任という気もする。当然フィフィールも魔法学院の出身で、反乱者たちにとっては大先輩だ。主席宮廷魔術師ともなれば、他の若い魔術師から尊敬を一身に集める身である。
「フィフィールは、自分が行くと言っていたが」
 彩樹の考えを読んだかのように、アリアーナが言った。
「しかし今回は、サイキの方が適任だと思う。忘れているかもしれないが、わたしだって魔術師としての力は一流だぞ」
「ま、いいさ。ところで、反乱つっても連中はなにが目的なんだ?」
 そのあたりの事情はまだ聞かされていなかった。しかし、たとえ子供であっても、なんの理由も目的もなしに反乱を起こすことはあるまい。
「なんでも、わたしの退位を要求しているらしい」
「はっ……、嫌われたもんだ」
「嫌われている……のとは少し違うと思う。魔術師は、女性の方が圧倒的に多いのは知っているな?」
「そういや、そんなことを聞いたことがあるような気がするな」
 どういう理由なのかは知らないが、一般に魔法の能力は、女性の方が強く発現するのだそうだ。この世界では、職業魔術師の実に九割以上が女性である。
「それが何か関係があるのか? まあ、お前が同性にモテるとは思えないけどな」
「そして困ったことに、女性には妙に人気のある男がいるんだ」
「……?」
「魔法学院のあるサンティネート市は、サルカンド兄様の母親……つまり先王の正妃の出身地だ」
「……あいつか!」
 彩樹は微かに眉をひそめた。
 ここしばらく名前を聞くこともなくて、すっかりその存在を忘れていたが、そんな男がいた。
 アリアーナの異母兄だ。能力的には兄妹中で最低というのが彩樹の評価だが、しかし顔だけは良く、一番女にもてそうな外見をしている。そして事実、若い女性にはいまだに根強い人気があった。
 アリアーナは女だし、シルラートはそれなりに美形ではあるが、サルカンドに比べれば地味な顔立ちだし、そもそも彼は一定レベル以上の胸がない女性は眼中にない。
「そんな奴もいたっけな。生きてたのか?」
「殺すわけにもいかないだろう」
 二年前の、アリアーナが生命を狙われた事件の黒幕がサルカンドであるというのは、王宮内では公然の秘密である。しかしはっきりとした物的証拠があるわけでもなく、部下が勝手にやったこと、としらを切られたら深く追求するもの難しい。
 一応、暴走した部下に対する監督責任を負うということで、現在は公職を退いて領地で半隠居状態ではあるが、本人がアリアーナ暗殺未遂の罪に問われたわけではない。
「どうやら、魔法学院の一番の実力者である生徒会長と副会長が、サルカンド兄様の熱狂的なファンらしい」
「……」
「呆れているな?」
「呆れてるよ」
 彩樹は肩をすくめた。
 その生徒会長とやらの独断なのか、いまだに王位に執着しているサルカンドが煽動したものかは知らないが、馬鹿馬鹿しい話であることには変わりない。
 アリアーナが軍を動かさない本当の理由は、そうするまでもない、くだらない事件だからではないかとさえ思った。
「生徒会長と、副会長。この二人をなんとかすれば反乱は終わりだ。わたしがボディガードを一人連れただけで現れれば、向こうも油断するだろう」
「それはいいけど、いきなり殺されるなんてことはないだろーな?」
 その点が気がかりといえば気がかりだ。向こうの標的はアリアーナなのだ。敵のど真ん中にその標的が単身乗り込んでいくなんて、危険極まりない。
「その時はサイキが護ってくれるのだろう?」
「テメーが死ぬのは勝手だが、オレを巻き込むな」
「サイキの力が必要なんだ」
「……っ」
 彩樹は小さく舌打ちをする。こう素直に出られては文句も言えない。
「まあ、心配はないだろう。サルカンド兄様と魔法学院につながりがあることは周知の事実だ。そこでわたしが殺されれば、兄上は王位には就けまい」
「なるほど」
 アリアーナが自主的に退位するのであればともかく、暗殺されてその黒幕がサルカンドということになれば、アリアーナ派はもちろん、シルラート派の人間たちも黙ってはいまい。ひとつ間違えば、全土を巻き込んでの内戦となりかねない。
「頼むぜ。テメーと心中なんてごめんだからな」
「強引な手段であることは認める。少しばかり、血も流されることにもなるだろう。しかしこれが、流す血の量も、費やす時間も、もっとも少ない方法だ」
「少しばかり、ね」
 魔法学院の生徒会長と副会長。二人分の血を多いと見るか少ないと見るかは、人それぞれだ。
 彩樹は自嘲気味に口元をほころばせた。この事件の顛末は、早苗や一姫、あるいは歩美には話せないだろう。
「そう、少しばかり……だ。おそらくな」
 アリアーナが珍しく、微かな笑みを浮かべていた。



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