一行は二頭の飛竜に分乗して、サルカンドの居城へ向けて出発した。
 手綱を握っているのは、彩樹たちとも面識のある近衛騎士のスピカとメルア。
 竜の背に乗っているのは、彩樹と早苗、一姫と歩美、そして早苗が持ってきた、山のような武器弾薬。
 高所恐怖症のはずの彩樹が平然と竜に乗っているのを、早苗が不思議そうに見ていたが、彩樹はいちいち事情を説明したりはしない。
 目的地まであと数キロというところで、彩樹は一度、飛竜を地上へ降ろさせた。
 他の近衛騎士たちもすぐに動ける態勢は整えてあるが、今は後方で待機させている。王族相手に、決定的な物的証拠もないままいきなり戦争を仕掛けるわけにもいかない。なにしろ相手は仮にも王兄なのだ。そうそう下手な真似はできない。
 そのあたりの政治的な駆け引きは、シルラートやフィフィールたちに任せてきた。なんのしがらみもなしにサルカンドに刃を向けられるのは、彩樹たちだけだ。
「結局、オレがやるしかないんだよな」
 うんざりとした風を装って彩樹は言った。
「とにかく、陛下が捕らわれていることさえ確認できれば、私たちが突入します」
 だらけた彩樹とは対照的に、真剣な面持ちのスピカが言う。
「でも当面の戦力がウチらと近衛騎士だけじゃ、数の不利は否めないね」
「そうだな。早苗、オレにも銃を貸せよ」
「……珍しいこと言うね」
「ま、状況が状況だしな」
 彩樹の専門は格闘技と古流武術である。剣や棍なら扱えるが、銃器は専門外だ。何度か、早苗の銃を借りて遊びで撃ったことがあるくらいだ。
 しかし今回は、少なくとも数百人の兵がいるであろう城内へ突入するのだ。いくらなんでも素手では苦しいだろう。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、の考え方だ。
「どんなのがいい?」
「とにかくでかくて、威力があって、弾がたくさん撃てるヤツ」
「彩ちゃんらしいというかなんというか……」
 早苗は苦笑を浮かべて、飛竜の背に文字通り山と積んできた銃器をごそごそと漁った。いずれもサバイバルゲーム用のエアガンやガスガンを、魔法エネルギーを利用するこの世界の銃に改造したもので、射程と精度、速射性ではこちらの銃をはるかに凌駕する。
 大小さまざまな銃の中から早苗が選び出したのは、ひときわ大きな機関銃だった。第二次大戦ものの映画で、ドイツ兵が似たような銃を使っていたような気がする。射手の他にもう一人の兵がサポートについて、ベルト状につながった弾帯で給弾するのが似合う、そんな銃だ。
「彩ちゃんなら力があるから、これでも平気かな? アサヒファイヤーアームズ製、MG‐34」
 受け取ってみると、ずっしりと重かった。優に十キロ以上はあるだろう。しかし武器として考えれば、その重さがなんとも頼もしい。
「中身はマルイ製の電動ユニットに交換して、ドラムマガジンは装弾数二千発、給弾は自重落下とエアーの併用。バッテリーパックはストック内に二本内臓しているから、全弾撃ち尽くすまでは保つし、七百五十ミリのロングバレルで威力は抜群」
 早苗は妙に嬉しそうに説明している。なにしろ、お洒落な今風の女子高生の外見に似合わず、その中身はガンマニアである。銃の話を始めると止まらない。
 彩樹がその大きな機関銃の感触を確かめていると、早苗はもう一挺の銃を取り出した。こちらはずっと小さくて、どこか寸詰まりな感じの妙なデザインをしている。
「それから、予備の銃はこれ。五百挺しか存在しないレアもの、アサヒのブッシュカスタム・ショーティ。中身はいつものマルイ製で、装弾数は三百発。レーザー照準器を装備してあるからスコープを覗き込まなくても狙いをつけられるし、なにより銃本体で人を殴っても壊れない頑丈さが彩ちゃん向き」
 彩樹は空いている左手でその銃を受け取った。
 小さな外見の割には重く、確かに丈夫さがうかがえる。本体は自動小銃っぽいのに、銃身が根本から切り落とされたように見える。さらにグリップが比較的前方にあるため、ずいぶんと奇妙な印象を受けた。しかしそのグリップ位置のせいで、持ってみると驚くほど重量バランスがいい。確かに、これなら左手だけでも扱える。
「そしてハンドガン。これも彩ちゃん向きに、大きくて重いけど威力と装弾数は抜群のベレッタM93R。後期型の三点バースト機能付きモデルで、装弾数は三十発、予備マガジンも二本渡しておくね」
 周囲の人間には意味不明の台詞を吐きながら、彩樹のベルトにホルスターとマガジンポーチを装着し、さらに小型のトランシーバーも手渡す。
「これで、スタローンとシュワルツネッガーが束になってかかってきても大丈夫、と」
「そうかい、サンキュ」
 彩樹はかすかにうなずくと、早苗の首筋にいきなり手刀を打ち下ろした。何をされたのかもわからないまま、早苗は地面に崩れ落ちた。
「彩樹さんっ!」
「彩樹先輩!」
 突然のことに、一姫と歩美が血相を変える。
「早苗はここに置いていく。歩美、お前もだ」
「そんな!」
 二挺の銃を肩に担いで彩樹は言う。
「人を殺せない戦士は足手まといだ」
「あ、あたしは、できます!」
 一歩、歩美が前に進み出た。彩樹はその肩を抱いて不意打ちのキスをする。
「お前は来るな。お前はもう、この手を汚す必要はないんだ」
「……」
 その一言で、歩美は言葉を失った。不服そうな表情を浮かべながらも、なにも言い返すことができない。
「オレの言うこときかないなら、もう抱いてやらないぞ?」
「残ります!」
 歩美は瞬時に態度を豹変させる。
「ええもう、いい子にして待ってますから!」
「一人で置いてきぼりにされたら、早苗が妬くだろ? ここで面倒見てやってくれ。スピカも」
「……はい」
 責任感の強い近衛騎士も不満そうではあったが、それでも素直にうなずいた。この場は、彩樹が指揮権を持っているのだ。
「彩樹さん……」
 横から、魔術師の杖を片手に一姫が進み出た。
「私は、ついていきます」
 真っ直ぐに彩樹を見つめて言う。珍しく、真剣な固い表情をしている。
「彩樹さんのこと、大好きですから。早苗さんや歩美ちゃんと違って、他に彩樹さんの役に立てることないですから。だから、一緒に行きます」
「……いいよ」
 微かな苦笑混じりに彩樹はうなずいた。
「ホントのことゆーと、一姫にはついてきてもらうつもりだった。ただし、お前の役目は防御に専念することだ。魔法の盾を前に立てて、敵のど真ん中を突破する。いいな」
「はい」
「メルアは竜を操って、俺たちを城の中に降ろしてくれ。それじゃ、いくぞ」
 三人は、姿勢を低くしている飛竜へ向かった。
「お気をつけて」
「彩樹先輩、頑張って!」
 背後から、スピカと歩美の声が追ってくる。彩樹は片手を軽く上げて応えた。



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