「祐巳さんは、嫌いな人よりも好きな人の方がずっと多いんでしょうね」
放課後、校庭の掃除をしている祐巳さんの姿をカメラで追いながら、私は言った。
竹箒を持つ手を止めて、祐巳さんがこちらを向く。
「そう、かなぁ……?」
「じゃあ、はっきりと『この人は嫌い』って言える人はいる?」
そう訊くと案の定、首を傾げて考え込んでいる。
思っていることがすぐ顔に出る祐巳さんだけど、不快そうな顔よりも楽しそうな顔をしている時の方が、比べものにならないくらい多い。
私が考えても、祐巳さんが嫌っている人間なんてちょっと思いつかない。
例えば、新聞部の築山三奈子さまのことは好きではないだろうが、「嫌い」というよりも「強引な取材が苦手」という表現の方が正しいだろう。
宿敵といってもいいはずの花寺の生徒会長の事も、冬休み中に何があったのか「思っていたほど悪い人じゃない」なんて言っていたし。
周りは好きなものばかり。そんな祐巳さんが羨ましい。
好きなものは好き、嫌いなものは嫌い。はっきりそう言える自分の性格は嫌いじゃない。嫌いなものの前で作り笑いを浮かべているのはいやだから。
だけど、嫌いなものがないなら、いつでも心からの笑顔を浮かべていられるなら、それが一番いいに決まっている。
だから私は、祐巳さんを羨ましく思う。
祐巳さんが三年生になった時には、きっと立派な紅薔薇さまになるだろう。
今の紅薔薇さまとも、祥子さまとも違う。だけどみんなから好かれる、かつてないくらい親しみやすい生徒会長になるに違いない。
その時が楽しみだ。少々、威厳には欠けるかもしれないが。
「私のことは?」
ふと思いついて、何気なく訊いてみた。
「え? もちろん、好きだよ」
にっこりと笑いながら、祐巳さんは応える。なんの邪気もないその笑顔を、私は正面からカメラに収めた。
私だけに向けられた、とびっきりの笑顔。
この写真は祥子さまにも見せないで、写真部の展示会にも出さないで、私だけの宝物にしておこう。
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