あの日以来、私は毎日のようにラッキーと上村くんの散歩に付き合うようになった。
ラッキーには妙に気に入られてしまったし、私もラッキーのことが気に入っていたから。
彼は(ゴールデンとしては)とてもハンサムで、家柄(血統)も良くて、人なつっこくて利口だった。まるで「こんな犬を飼いたい」っていう、私の理想を形にしたような犬。
こんな素敵な犬とお近づきになれる機会、逃すわけにはいかない。
散歩している犬をただ遠くから眺めているよりも、一緒に歩いたり、撫でたり、抱きついたり、顔を舐められたりしている方がずっと楽しい。ラッキーの方が体重が重いから、私が引き綱を持つと、どうしても「犬に散歩させられている」ようにしか見えなかったけれど。
そんな私を見て、上村くんは笑っている。
上村くんは身長百八十センチ以上あって、クラスで一番大きくて、空手だか柔道だかを習っていて、学校ではどちらかといえば無口で。つまり、ちょっと恐い雰囲気の男の子。
必要以上に話はしない。話題はほとんどが犬のことで、あとは学校のことが少し。私もそんなにおしゃべりな方じゃないし、他に共通の話題もない。
だけど私には少し男性不信の気があって。
話題が豊富で女の子に親しく話しかけてくるような男の子はむしろ苦手で。
かえって、上村くんのようなタイプの方が気が楽だった。
そもそも、私の目的は上村くんじゃなくてラッキーなんだし。
それでもラッキーを散歩させているときの上村くんは、学校にいるときよりは少し親しみやすい雰囲気だった。犬に対しては、人間を相手にしているときよりもずっと愛想がいいみたい。
もともと犬には好かれるようで、ラッキーに限らず、よその犬も親しげに彼の周りに寄ってくることが多い。
そんなときの上村くんは、普段よりも優しい表情をしている……ような気がする。
そのことを本人に言ったら、
「委員長だって、学校にいるときとは雰囲気違うぞ。明るくて」
って言い返された。
「……普段の私って、暗い?」
「暗いってゆーよりも、真面目って感じだな。他の女子みたいに騒がしくないし」
それは否定できない。クラスのみんなに私の評価を訊けば「真面目で優等生の委員長」という答えが返ってくるだろう。まあ、事実だから仕方ないけれど。
同世代の男の子とこれだけ話をしたのは、ずいぶんと久しぶりかもしれない。
自分から男の子に話しかける性格じゃないし、顔はまあ十人並みだと思うけど、チビだし、当然ナイスバディってわけじゃないから、そんなに男の子にもてる方じゃないし。特にもてたいとも思わないし……負け惜しみじゃなくて。
だから最初の出会いから一ヶ月以上、毎日のように一緒に散歩していても、私と上村くんはあくまで「犬の散歩友達」だった。
それ以上の関係を私は望んでいなかったし、上村くんも多分そうだろうと思っていた。それに、ちょっと恐い雰囲気ではあっても、彼はルックスは結構いいから、女子の中には隠れファンも少なくない。その気があれば彼女だってすぐにできるだろう。なのに一人ってことは、つまりその気がないということだ。
だからこそ、気楽に付き合えたのだろう。私を「女の子」として見るような相手だったら、そう簡単に気を許すことはできなかったと思う。
女の子に興味なさそうな上村くんだからこそ、一緒に散歩したり、散歩の後で家に上がって、お茶をご馳走になったりできたのだ。
六月のある日曜日。
ふと思いついて、上村くんの家へ遊びに行ってみた。もちろん、ラッキーと遊びたかったというのが本音。
最近まで知らなかったけれど、上村くんの家はうちのすぐ近くだった。私の足で徒歩五分ってところ。
「こんにちは……って、どうしたの? その格好……」
一応電話をしてから訪問したんだけど、玄関で私を出迎えた上村くんはよれたTシャツに短パンというずいぶんとラフな格好で、しかもTシャツはびしょ濡れだった。
「ああ、ラッキーを風呂に入れてたんだ。まだ途中だから、上がって待ってろよ」
「うん」
居間に通される。と、いきなり山吹色の固まりが私に飛びついてきた。水飛沫が顔にかかる。
いうまでもなく、全身びしょ濡れのラッキーだ。私の声に気付いて、お風呂場から飛び出してきたらしい。
ラッキーはいつもハイテンションだ。私と会ったときは特に。
いつものようにばたばたと尻尾を振って、私の顔をべろべろと舐めまわす。
可愛い犬にこれだけ好かれるのは悪い気はしないけど、もうちょっとTPOってものを考えて欲しいなぁ。って、犬に言っても無駄か。
おかげで私の服もびしょ濡れになってしまう。
「このバカ犬! ……ごめん、委員長」
「いいよ別に。ラッキーも悪気があったわけじゃないし」
「服、乾燥機で乾かすから。えっと、その間、俺の服でも……」
そう言われたとき、いいことを思いついた。
「あ。だったら、私にお風呂入れさせてくれない? やってみたかったの」
昔からの夢だった。犬をお風呂に入れて洗ってあげるのが。
服は乾燥機ですぐに乾くだろうから、その間、ラッキーをお風呂に入れてみるのも悪くない。
「まあ、いいけど。けっこう重労働だぞ。ラッキーみたいな長毛の大型犬は」
「ん、頑張る」
上村くんが持ってきてくれた新しいバスタオルを受け取って、私はラッキーと一緒にお風呂場へ行った。もちろん上村くんは、私が服を脱ぐ前に脱衣所から出ていく。
濡れた服を脱いで乾燥機に入れ、タイマーをセットした。ラッキーのシャンプーが終わった頃には、ちょうど乾いているだろう。
ラッキーの耳に水が入らないように真綿で栓をして、シャワーのコックをひねる。
お湯の温度はかなりぬるめに。
ラッキーは気持ちよさそうにシャワーを浴びている。お風呂やシャンプーを嫌がる犬も多いらしいけど、彼は違うようだ。
置いてあった犬用シャンプーを手に取って、ラッキーを洗い始める。
初めのうちは気楽に考えていたけれど、これは確かに重労働だ。
人間ならシャンプーするのは頭だけだけど、犬の場合は全身なんだから。それにラッキーは大型犬、洗う面積は人間の何倍あるんだろう。それでも、泡だらけで気持ちよさそうにしているラッキーを見ていると、私も嬉しくなった。
慣れていないから、時間は思っていたよりもかかってしまう。シャンプーを嫌がらないラッキーだけど、そのうち退屈になってきたのか、じっとしているのをやめてしまった。
立ち上がって周りの匂いをふんふんと嗅いだり、洗っている私の手を舐めたり。
「こら、ラッキー。おとなしくしてて」
一応、注意する。もちろんラッキーは言うことなんて聞かない。
頭のいい犬だけど、だからこそ、こちらが本気で怒っていないことがわかっている。いつも、上村くんや私や本気で怒るぎりぎりまで、イタズラをやめないのだ。
人間の怒りの度合いを伺うような、小狡い視線がまた可愛い。だから私も本気で怒れない。
ラッキーのイタズラはだんだんエスカレートしていって……。
「きゃっ! こらっ」
胸を、舐められた。
先端の突起に興味を引かれたのか、大きな舌が乳首を下から舐め上げる。
「や……こらぁ……。そんなトコ舐めたって、おっぱいなんか出ないよー」
そう言ってもお構いなしに、乳首とその周辺を、ぺろぺろと舐めまわす。
「や……ぁん……、あ……」
犬の大きな長い舌で胸を舐められて、手や顔を舐められるときのくすぐったさとは違う感覚が広がっていく。
じーんと、痺れるように。
その感覚はじわじわと、快感へと変わっていく。
考えてみれば、当たり前だ。
そこは、人間の男の子に舐められたって気持ちのいい部分。それを、大きくてざらざらして、人間よりもずっと器用に動く犬の舌に舐められているんだから。
「や……ぁ……、ん……、んっ……」
いつの間にか手が止まって、私は痺れるような感覚に身を委ねていた。
気持ち……いい。
もともと犬に舐められることは好きだけれど。
それとは違う。
明らかに、性的な快感だった。
「ん……ふ……んっ」
ぎゅと唇を噛んでいないと、声が漏れてしまう。シャワーの水音で、上村くんに聞こえることはないと思うけど。
乳首が、固くなっている。つんと固く突き出して、なおさら舌による刺激を強く受けてしまう。
「あっ……。んっ、んふっ……、ん」
気持ちいい。
とても気持ちがいい。
ずっと、こうしていたい。
もっと舐めてほしい。
身体から力が抜けていく。
我に返ったのは、ラッキーが私の下半身に興味を示したときだ。
胸を舐めるのを止め、ふんふんと鼻を鳴らしながら、女の子の部分に顔を近づける。
「やっ、……こら! だめ!」
いくらなんでもそれは……まずい。
だけど向こうの方が力が強くて、私の腕力では押し返せない。
「いやっ、そこはだめっ!」
慌ててシャワーを顔にかけると、さすがにラッキーも諦めて離れていった。
ふぅっと安堵の溜め息をつく。
だけど……。
少し、残念かも。
もしもラッキーにあの部分を舐められたら。
やっぱり、すごく気持ちいいのだろうか。
考えただけで、胸がどきどきした。
なんとかラッキーを洗い終えてお風呂から上がると、服はとっくに乾いていた。
「ずいぶん遅かったな。やっぱり大変だったろ?」
そう訊かれて、私は曖昧な笑みを浮かべる。
「あ、はは……まあね」
必要以上に時間がかかった本当の理由は、上村くんに知られるわけにはいかない。だから笑ってごまかした。
「でも、楽しかったよ。……よかったら、またさせてね」
「だってさ。お前はどう思う?」
上村くんが訊くと、ラッキーはぱたぱたと尻尾を振った。
「ラッキーも、またお願いしたいって」
かぁっと、胸の奥が熱くなる。
またラッキーをお風呂に入れて、今日みたいに舐められたりしたら……。
常識で考えれば、それはひどく変態的な行為だけど。
私は少しも、嫌悪感など覚えなかった。
そして、気持ちよかった。
次は、途中で拒めるだろうか。正直なところ、あまり自信はなかった。
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