３

　北国、北海道もずいぶんと夏らしくなってきた、七月のある土曜日の夕方。
　私は一人で、ラッキーを散歩させていた。
　いつもの散歩にはまだ少し早い時刻に、上村くんから電話があったのだ。
　夕方ちょっと用事があってラッキーの散歩に行けないから、代わりに散歩させてやってくれないか、と。
　もちろん、考えるまでもなく二つ返事で引き受けた。
　散歩が大好きなラッキーが可哀想だし、私もラッキーに会えないのは残念だから。
　少し早めに上村くんの家へ行き、ラッキーを預かる。そのまま、いつもの河川敷の公園へと向かった。
　河川敷の草むらも、今がいちばん緑の濃い季節。
　背丈の伸びた草をかき分けて、ラッキーはぐいぐいと私を引っ張っていく。
　犬は散歩のコースを自分で決めるものだ、と聞いたことがある。だから、ラッキーの好きにさせておいた。
　どのみち私では、体格のいい上村くんとは違い、ラッキーを強引に引っ張ることなどできはしないのだ。
　気分屋のラッキーは、同じ河川敷であっても毎日のように歩くコースを変える。今日の目的地は、向こうに見える雑木林のようだ。
　私も、小さい頃はそこで遊んだことがある。そんなに大きな林ではないけれど、中に入ると周囲の住宅地とは別世界のようで、踏み分け道は迷路のように入り組んでいて、小川が流れていて、小さい子供にとってはかっこうの冒険の場だった。もちろん、ラッキーにとっても楽しいところだろう。
　林の中に入ると、外よりはいくぶん涼しく感じた。どこからか小鳥の鳴き声も聞こえる。
　ラッキーはまるで警察犬のように、地面の匂いを嗅ぎながら好き勝手に歩き回っている。
　小川のほとりに出たところで、私は立ち止まった。
「ちょっと、休憩」
　体力底なしのラッキーや上村くんと違い、私は少し疲れてしまった。
「少しの間、一人で遊んでなさい。遠くに行っちゃだめよ」
　そう言い聞かせて、引き綱を外してやる。周囲に人の気配はないし、少しくらいはいいだろう。ここまでずっと、私を引っ張ってきたんだから。
　ちょうど、座るのに手頃なサイズの石が転がっていたので、上にハンカチを敷いて腰を下ろした。
　モンシロチョウを追いかけているラッキーを目で追う。二十メートルほど追いかけて、危険を感じた蝶が高く上がってしまうと、ラッキーは諦めて戻ってきた。思わず、笑いがこぼれてしまう。
「……君って、狩りの才能はないみたいだね」
　きょとんとした表情で私の顔を見ていたラッキーは、突然なにを思ったのか、スカートの中に鼻先を突っ込んできた。
「きゃっ！　こらっ、ラッキー！」
　犬の動きは、運動があまり得意ではない私の反射神経が対応できないくらい、速かった。ショーツに、鼻を押しつけられる。
「やっ……ちょっと君、なに考えてるのっ？」
　牡の犬が、人間の女性に興味を持つことがあるというのは知っている。下着の匂いを嗅いだり、マウントしてきたり。
　ラッキーもやっぱり、年頃の男の子なんだ。
　……なんて、落ちついて考えている場合じゃない。
「……だ……め、や……っ！」
　いちばん敏感な小さな突起に、鼻先が触れた。身体に電流が走ったみたい。
　ラッキーを押し返そうとする手から、力が抜ける。ふんふんと鼻を鳴らして匂いを嗅いでいたラッキーが、ぺろりと、その部分をひと舐めした。
「ひゃっ……ぁん！」
　ビクン。
　身体が小さく痙攣する。
「や……あっ、……あっ！」
　二度、三度。
　ラッキーは繰り返し舌を動かす。
　その度に、私の唇から切ない声が漏れた。
　私の声に誘われるように、舌の動きがさらに激しくなる。
　ラッキーの大きな舌が、ショーツの上から女の子の恥ずかしい部分を舐めている。
　気持ち……いい。
　この前、胸を舐められたときに、あの部分を舐められたらどうなるんだろうって想像していたのよりもずっと。
「はぁ……あっ、あっ！　ラッキぃ……」
　いけない。こんなこと。
　犬に、女の子のエッチなところを舐めさせるなんて。
　それも、野外で。
　それがどれほど異常な行為か、わからないわけじゃない。
　だけど、抵抗できなかった。
　やめてほしくなかった。
　他のことが考えられなくなるくらい、気持ちいいから。
　異常？　変態的？　アブノーマル？
　いいじゃない、そんなことどうだって。
　こんなに気持ちいいんだもの。
　私の理性のタガは、すっかり外れてしまっていた。
　周囲を見回す。夕方の、薄暗くなりはじめた林の中。もちろん誰もいない。
　私は意を決した。この機会を逃したら、いつまたこんなチャンスが訪れることか。
　ショーツのゴムに手をかけて、僅かに腰を浮かす。
　下着を脱いで、丸めてポケットにしまった。
　まさか、こんな大胆なことができるなんて。自分でも驚きだった。
「ラッキー……舐めて……」
　恋人に甘えるような声で、私はささやいた。
　脚を開いて、自分の指でその部分を広げる。
　ラッキーが顔を近づけてくる。荒い息がかかる。
「はっ……あぁっ！　あぁん！」
　ぴちゃ……。
　湿った音は、短い悲鳴にかき消された。
　こんな、こんなに、いいなんて。
　先刻までの、薄い布越しのもどかしさは全くない。
　剥き出しの神経を直に舐められているような、鋭い刺激だった。
「はぁっ……ぁっ！　あぁっ！　……んんっ！」
　ピチャピチャ、ペチャペチャ。
　ラッキーがミルクを飲むときと、同じ音。つまり、私はそれくらい濡れてしまっていた。
　長い舌に舐めまわされている。
　ラッキーの舌はとても大きくて、長くて、ざらざらしていて。
　しなやかで薄いから、ぴったりと張り付くみたい。
　その上、人間の舌よりもずっと器用に動く。
　舌だけじゃない。
　柔らかな毛が、内腿に触れることも気持ちいい。
「あぁっ……あんっ！　あんっ！　は……ぁっんっ！」
　すごい。
　すごい。
　気が遠くなりそう。
　ラッキーは一心不乱に舐め続けている。この熱心さも、人間には望めないもの。
「ん、んーっ！　あっ……あぁっ！」
　できるだけ声を出さないように、と唇を噛みしめても、津波のように押し寄せる快感に抗えない。
「はぁぁっ……。いい……、いい……っ！　あぁっ！」
　私はもう、無我夢中だった。
　腰を浮かせて前に突き出すようにして、自分の指で広げて。
　もっと舐めやすいように。
　もっと奥まで舐めてもらえるように。
　舌が、中へ入ってくる。
　人間の舌では、到底届かないくらい奥深くまで。
　私の身体を、内側から舐めている。
「はぁぁっっ！　あぁぁっ！　あぁぁっ！　あぁぁぁーっ！」
　大きく身体を仰け反らせて、私は絶頂を迎えた。
　一瞬、気が遠くなる。
　……と、座っていた石がぐらりと傾いた。
「ひゃっ……っ！」
　そのまま後ろにひっくり返る。スカートがまくれ上がり、下半身が露わになった。
　その衝撃で我に返った私は、真っ赤になってスカートを直すと、慌てて立ち上がる。
「ら……ラッキー、帰るよ！」
　意外なことに、ラッキーは素直にその言葉に従った。引き綱を付けると、私の横に並んで行儀よく歩き出す。来るときみたいに強引に引っ張ったりはしない。
　私は少し早足になっていた。
　恥ずかしいのと興奮とで、頬が紅潮している。
　薄暗くなった公園には、まだ少し人が残っていて、私は逃げるようにその場を後にした。
　みんなが、私たちを見ているような気がした。私とラッキーが、林の中でなにをしていたのか知っているような気が。
　もちろんそれは気のせい、被害妄想だとわかっているけれど。
　慌てていた私は、公園を出てからようやく、下着を着けていないことを思い出したくらいだった。
　ラッキーの唾液と私自身のエッチな蜜で濡れたショーツが、スカートのポケットに収まっている。それが、あの出来事が夢でも妄想でもない証だった。

(C)Copyright 2001 Takayuki Yamane All Rights Reserved.