〜終章〜


 私は、大切なことを打ち明ける決心をしていた――

 翌日の午後、約束通り私はさおりの家を訪ねた。
 玄関のチャイムを鳴らすと、やっぱりさおりは寝ていて、半分閉じたような目と、寝ぐせだらけの髪で私を出迎える。
 それでも、口元はにこにこと笑っていた。
 表には出さなかったけれど、私の顔を見てほっとした様子だった。昨夜の私は、つまり自殺未遂をしでかしたわけだから、やっぱり心配していたのだろう。さおりの気持ちも分かる。
「いつまで寝てるんだよ。この寝ぼすけ」
 私は笑って、さおりの背中をつつく。さおりはまた「きゃん!」と可愛らしい声を上げた。


 さおりが淹れてくれた濃い目のコーヒーを一口飲んだ私は、バッグの中から一冊のアルバムを取り出してさおりに渡した。
「これは?」
 さおりが首を傾げる。
「一昨日話した、私の恋人の写真」
「…見てもいいんですか?」
 アルバムを手に持ったまま、さおりが聞く。
「うん。さおりには見てほしい。知っていてほしいんだ」
 そう言うと、さおりは遠慮がちにアルバムを開いた。
 ゆっくりとページを繰って…
「…………」
 だんだん、表情が引きつってくる。
「あ…あの…」
 戸惑った表情で、アルバムと私を交互に見る。
「…恋人って…言いました…よね?」
「うん」
 そんなさおりを見て、私はくすくすと笑う。
 もちろん、どうしてさおりがこんな反応を示すのかはよくわかっている。
「美里さんて…美里さんて…」
 いま開いているページには、下着姿の女の子が二人、ベッドの上で肩を寄せ合って笑っている写真が貼られていた。当然、そのうちの一人は私だ。
「…まさかと思ってたけど……や、や、やっぱり…そ、そ〜ゆ〜人?」
 強張った笑顔と、震える声。ウブで、しかもノーマルな恋愛観の持ち主であるさおりには、ちょっと刺激が強かったかも。
 さおりの顔を両手で挟むようにして押さえ、唇が触れそうになるくらいに顔を近づける。
「あ、あ、あ、あ、あの…」
「さおりが泣くっていうから、死ぬのやめたんだからね。責任取ってよね」
「せせせせ責任って、責任って…あの…」
 うろたえてる、うろたえてる。そのリアクションが可笑しくて、可愛らしくて、そのまま、ぎゅっと抱きしめた。
「…そばに、いて。私のそばにいて」
 さおりの耳元でささやく。
 誰も、あいつの代わりにはなれないけれど。
 だけど、さおりがそばにいてくれたら、少しは悲しみに耐えられそうな気もする。とりあえず、もう少し生きてみようって、思う。
 それでも、どうしても傷が癒えないようなら、その時のことはまた考えればいい。
 いまは、死ねない。
 いま私が死んで、この子の心に傷が残るのは嫌だ。この子を傷つけたくない。この子は、傷つけたくない。
 自分が傷ついてるからって、他人を傷つけていいはずがない。
「えっと…あの…あの…」
 さおりの笑顔は、相変わらず引きつりまくっている。どう応えていいのか、戸惑っている。
 私は、抱きしめていた腕を緩めると、手をさおりの両肩に置いた。
 さおりが戸惑いながらも口を開く。
「あの、えっと…。と、とりあえず、お友達から…ってことで…いいですか?」
 その台詞に、思わず吹きだしてしまった。自分でなにを言ってるのかわかってるのだろうか。実はけっこう、素質あるのかもしれない。
「いいよ」
 そう言うと同時に、さっと一瞬だけ、さおりと唇を重ねた。
「え…?」
 なにが起こったのかわからずにきょとんとしていたさおりの顔が、かぁっと赤くなった。
 顔中から汗を噴きだして、酸欠の金魚みたいに口をぱくぱくと動かしているが、言葉にはならない。
 この反応を見ると、多分、きっと、ファーストキスだったんだろう。



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