四章 Time has come


 遠い昔――
 今から五十億年ほど前のこと。
 そこにあるものは、ただ希薄なガスだけだった。
 その大半は水素とヘリウム。そして比率でいえばほんの少しの炭素や珪素や鉄や、その他の元素。
 宇宙空間に漂う、ぼんやりとした星間物質の雲。それはさらに遠い昔に最期を迎えた星々の残骸だった。
 何億年も、そのままで。
 何も変わらない世界。
 きっかけは、外からもたらされた。
 天文学的距離としてはごく近く――数光年ほど離れたところ――で、一つの大きな星がその一生を終えた時、この空間の時計が廻りはじめた。
 大きな星がその長い生涯の最期を迎える時、想像を絶するほどの大爆発を起こす。その衝撃波は広大な宇宙の隔たりを越えて、この空間に漂っていたガスの雲に波紋を起こした。
 一様な薄い星間物質の中にむらが生じ、密度の濃くなった部分はそれ自身の重力によってさらに周囲の塵を寄せ集め、より密度の高い、より大きな固まりへと成長していった。
 そうしてどんどん大きく、重くなっていった固まりの中心が、鉄よりも鉛よりも重くなった時。
 ついに、星の中心に火が点った。
 現在も天空に輝く太陽、トゥ・チュの誕生である。
 太陽が輝きはじめた頃、その周囲に残っていたガスも、次第に小さな固まりにまとまりつつあった。
 こうして太陽を巡る十三の惑星と、無数の小惑星が誕生した。
 その、内側から数えて三番目の惑星こそが、遠い未来にノーシル――大いなる大地――と呼ばれる星だったのである。


 誕生から数千万年が過ぎた頃、ひとつの異変がノーシルを襲った。
 当時、太陽系内にはまだ不安定な軌道を描く惑星も多かった。そのうちのひとつ、ノーシルの半分ほどの大きさの天体が掠めるように衝突してきたのである。
 衝突で砕け散ったその破片は、やがてノーシルを巡る軌道に集まっていった。そうしてノーシルに最初の、そして最大の月ホル・チュが誕生した。
 この衝突は、ノーシルの空だけではなく内部にも大きな変化をもたらした。衝突の衝撃が引き金となって大規模な地殻の変動が起こり、無数の火山が噴火して灼熱の溶岩と膨大な量の火山ガスを噴出したのである。
 溶岩は地表に起伏を生じさせた。火山ガスに含まれる水蒸気は、やがて地表が冷えはじめると雨となって降り注ぎ、広大な海を作り出した。
 こうしてノーシルは、太陽系内で唯一、液体の海を持つ惑星となった。
 それは現在のような冷たい水ではなく、高温の硫化水素の海であった。しかしそれこそが、ノーシルがこの先、他の惑星と異なる運命を辿るために必要なことだったのである。


 様々な有機物が溶けこんだ、熱い硫化水素の海。
 その中で起きていた気まぐれな化学反応が、ひとつの新しい分子を生み出した。
 その分子は、ただ一点において他の分子とは異なっていた。周囲の海水に溶けこんでいる有機物を結合し、自分自身の複製を作り出すことができたのである。
 他に類を見ないその奇妙な特性のため、その分子は瞬く間に増えていった。
 分子の複製を作る能力はまだ粗末なものでミスも多かったが、それ故に分子は無数の変種を作り出す結果となった。
 そうして生まれた変種の中のうち、ほんの一握りのものは原型よりも優れた性質を持っていた。
 より速く、より精密な複製を作れるようになった分子。
 有機物をより効率的に利用できるようになった分子。
 それはもう単なる化学反応ではなく、生命活動と呼ぶべき段階に達していた。
 ノーシルの誕生からわずか一億年。
 煮えたぎった硫化水素の海の中で、最初の生命は誕生した。


 小さなひとつの分子に過ぎなかった最初の生命は、長い時間をかけてゆっくりと変化していった。
 より大きな、複雑な、そして複製ミスの少ない強固な分子となり、それがやがて蛋白質の被いをまとうようになる。
 その、ゆっくりとした進化のためには、無限に等しい時間をかけることができた。『生命』と呼ぶのもおこがましいほどの些細な存在ではあったが、彼らには、時間だけはいくらでもあったのである。
 さらに数億年が過ぎた頃、生命にとって最大の革命が起こった。
 それまでの生物は、周囲の海水に溶け込んでいる有機物を取り込んで生命活動を維持していたのだが、無機物と太陽光線から有機物を作り出すこと――光合成ができるようになったのである。
 光合成を行うことのできる生物は、それまでの生物よりもはるかに優れたもので、急速にその数を増やしていった。
 そして、光合成の副産物として排出される物質が、海と、大気の環境を劇的に変化させた。
 硫化水素の海は、いつしか水とナトリウムを主成分とし、二酸化炭素と水蒸気の大気は、窒素と酸素に変わっていった。
 ノーシルに、青い空と青い海が生まれたのである。
 しかし酸素は、それまでの生物にとっては有害な、劇薬にも等しい物質だった。
 このとき酸素に対応できなかった生物の多くが死滅し、生き残ったわずかなものは、酸素のない深海へと逃げていった。
 しかし、酸素を利用することができれば、これまでとは比べものにならない大きなエネルギーを得ることができる。酸素に対応することができた一部の生物たちは、進化の速度を急激に速めていった。


 今から八億年ほど前――
 海は、無数の生命に満ちあふれていた。
 その多くは、現存する原始的な藻類の祖先である。
 その時代、陸地には不毛の荒野が広がっていた。そこは生命の痕跡のない、荒涼とした死の世界だった。
 対照的に、穏やかな海の中には藻類の楽園が生まれていた。
 この状態が続けば、生命がこれ以上の進化を遂げることはなかったかもしれない。
 しかしある日突然に、変化が訪れた。
 巨大な隕石――といっても、月ができた時の衝突に比べたらはるかに小さなものではあるが――がノーシルに激突したのである。
 大気中に巻き上げられた大量の土砂と水蒸気がノーシルの穏やかな気候を激変させ、全世界的規模の大嵐が起こった。
 巨大な竜巻が大量の海水を吸い上げては、大地に叩き付けていった。その中にいた藻類は、乾燥した大地の上でほとんどが死滅したが、ほんの僅かに、不毛の荒野で生き延びたものがあった。
 生命はついに、海から陸へと広がっていったのである。
 そしてこの時、海の中にもひとつの変化が起こっていた。
 隕石が巻き上げた大量の塵が成層圏を漂い、太陽光線が海中まで十分に届かなくなったのである。
 弱い陽光の下では充分に光合成を行えない生物の中に、他の生物からエネルギーを横取りするものが現れた。
 単細胞生物ではあるものの、それはまぎれもなく『動物』であった。


 それから数億年間は、また穏やかな時代が続いた。生物たちはゆっくりと進化して、その数を少しずつ増やしていった。
 特筆するほどの大きな変化がなかったように見えるこの時代。しかし生物の内部では、着実に次のステップへの準備が進んでいた。
 遺伝子は、徐々にその複雑さを増していった。この時代に存在した生物はせいぜい百種類くらいのものであったが、DNAは既に、その何百倍もの可能性を秘めていた。
 あと必要なのは、些細なきっかけだけだった。
 きっかけは、海底から噴出した多量のメタンガスという形で与えられた。
 大気中に放出されたメタンの温室効果が、ノーシルの平均気温を数度上昇させた。それが引き金となり、生物たちは爆発的な進化を始めた。単純で原始的な生物の細胞核の中で十分に進化していた遺伝子は、その無限の可能性を試し始めたのである。
 最初の生命の誕生から三十億年の間に出現した生物が、全部合わせてもほんの数百種類しかなかったのに対して、わずか一千万年ほどの間に十万を越える種が誕生した。
 この時代に現存するすべての種の原型が生まれ、その何倍もの数の種が、後世に子孫を残すことなく消えていった。
 世界中に満ちあふれる何百万種の生命。ノーシルが真の『生命の惑星』となったのは、この時代以降というべきだろう。


 三億年くらい前の時代。
 海の生物の主役は、多様に、そして高度に進化した魚類であった。
 海は、魚の王国だった。
 それに対して陸上は、まだ植物だけの静かな世界であったが、それも今や時間の問題となっていた。
 陸の近くに棲む一部の魚類は、丈夫な骨のある鰭と、空気を呼吸することのできる浮袋を持っていた。
 もう、準備はできているのだ。
 彼らの前には、新たな世界が広がっていた。


 生物は、きっかけを与えられればものすごい勢いで進化し、増えていく。
 陸に上がった両生類はやがて爬虫類に進化し、かつてなかった巨大生物となっていった。
 一億年前、地上は巨大爬虫類の世界だった。想像を絶するほど巨大に、そして多様に進化した爬虫類たち。彼らこそが、地上の支配者だった。
 そして、七千万年前――
 巨大爬虫類の進化が頂点に達したちょうどその時期、また、ノーシルの外から変化が訪れた。
 現在のコルシア大陸、バーパス地方に落下した巨大隕石である。
 山のような大津波が大陸を洗い、成層圏まで巻き上げられた大量の塵は、何年もの間空を覆い尽くした。太陽の光が遮られ、この星に、かつてない長い冬の時代が訪れた。
 あまりにも巨大になりすぎていた巨大爬虫類は、環境の急激な変化についていけなかった。巨大な生物ほど、成熟するのは遅い。新しい環境に対応するには、彼らの世代交代は時間がかかりすぎたのだ。
 地上に再び陽の光が戻った時。
 そこにはかつての地上の支配者、巨大爬虫類の姿はなかった。
 この異変を生き延びたのは、巨大爬虫類の陰で密やかに生きていた、小さな哺乳類たちだった。
 哺乳類が、新たな地上の王となったのである。


 冬の時代が終わり、哺乳類は温暖な気候の中で繁栄を続けていた。
 その中の一種である霊長類は、とりたてて優れた種ではなかったが、他の動物にはない二つの特徴を備えていた。
 長い指を持った器用な手と、身体の割に大きな大脳である。
 それまで熱帯雨林の樹上で暮らしていた、もっとも進化した霊長類が、気候の変化で森を追われ草原で暮らし始めた。それが、画期的な二足歩行のきっかけだった。
 身体を支えるという重労働から解放された前脚は、器用さを増した『手』となった。
 手と指で複雑な作業をすることが、脳の発達を促した。
 森を追われた猿は、そうしてついに人間へと進化を遂げたのである。


 それまでの動物の進化とは、すなわち遺伝子がより優れた形質へと変化することであった。
 しかし、長い歴史の中で進化してきた二重螺旋の遺伝子は極めて強固なものであり、その変化はじれったいほどゆっくりとしか進まない。
 人間は、遺伝子を変化させない進化の道を選んだ。
 知能の発達、である。
 強固なDNAと異なり、大脳のシナプスは瞬時にその構造を変化させる。
 その情報は遺伝子のように子孫に受け継がれることはないが『言葉』と、そして『文字』がその代わりを果たした。
 他のどんな生物よりも速く進化できるようになった人間は、必然的に、かつての巨大爬虫類以上の勢力を誇る地上の支配者となった。
 もともと小さな群で生活していた人間は、やがて農耕と牧畜を行うようになり、もっと大きな集団を作るようになっていった。
 もっと大きく、多く。
 集落から村、村から街、そして都市へ。
 この星に、最初の文明が誕生した。



「――由維、コーヒーお代わり」
 いつの間にか空になっていたカップを掲げて、奈子は言った。
 前文明が遺したメッセージ。そのプリントアウトを、何度も何度も読み返した。もう、内容はすっかり暗記しているほどだったが、それでも読み続けている。
 実際のところ、ここまでの歴史は以前から知っていた。王国時代末期には明らかになっていたことで、ソレアの書斎にあった王国時代の書物にも、ほぼ同じ内容が記されていた。
 しかし――
 問題は、この後だ。
 前文明の繁栄と滅亡。
 そこで、何があったのか。
 その時代の人間たちは、何を考えていたのか。
 このメッセージに、何を託そうとしたのか。
 王国時代には知られていなかった歴史が、そこにあった。
「由維……」
 コーヒーのお代わりを持ってきてくれた由維に向かって言う。静かな声だったが、そこには強い意志が込められていた。
「もう一度、向こうへ行こうと思うんだけど」
「……うん」
 由維は小さくうなずいた。



「あれ?」
 転移が終わった時、由維は小さく声を上げて首を傾げた。目の前に、予想外の風景が広がっていたから。
 そこは、マイカラスの王都ではなかった。
 てっきり、ソレアたちのところへ行くつもりだと思っていたのに。
 見渡す限り、赤茶けた大地が広がっている。人の気配はどこにもない。
 そして、ぽっかりと空いた大きなクレーター。
「……聖跡?」
 間違いない。ここは、アィアリスたちに破壊された聖跡の跡だ。二ヶ月ちょっと前――聖跡が破壊された翌日、ここから元の世界に還った。この世界を訪れるのはそれ以来だった。
「どうして?」
 どうして、ここに来たのだろう。ここにはもう、
何も残っていないのに。 由維は、隣に立つ奈子の顔を見た。
 落ち着いている。どうやら、転移ミスというわけではないらしい。
「ひとつ、確かめたいことがあってね」
「なに?」
「ん……」
 奈子は、下を向いて歩き回っていた。まるで、何かを探しているように。
 いったい、何を探すというのだろう。この不毛の大地で。
 聖跡の強大な魔力の影響で、虫一匹、草一本存在しない土地。
 そのはずだった。由維は、そう思っていた。
 実際、これまではそうだったはずなのだ。
 しかし今、ひとつの変化が現れていた。
「……あった」
 奈子が、嬉しそうな声を上げる。由維も駆け寄って、奈子が見ているものを覗き込んだ。
「え……?」
 それは、小さな花だった。
 十センチに満たない小さな草。他の場所で見かけても、まったく気に留めないような雑草だ。
 細い茎の先端に、小さな黄色い花が控え目に咲いていた。
 別になんということもない花。しかし、大きな驚きだった。
「花……、こんなところに?」
「聖跡が、なくなったから」
 感嘆と驚きの混じった由維の声に、奈子がぽつりと応える。
 この荒野は、自然の砂漠ではない。聖跡の魔力でできたものだ。
 あまりにも強い聖跡の魔力は他の生命の存在を許さず、中央山脈の麓に広がる広大な森林地帯にぽっかりと生まれた荒野。
 聖跡の魔力が消え去って二ヶ月。風か、あるいは鳥によってか。どこからか運ばれてきた種子が、ここで芽吹いたのだろう。
 千年以上の間、不毛の地だったこの荒野で。
「なんだか……さ、一年前を思い出さない?」
「え……、あ!」
 由維も思い出した。
 去年の夏、キャンプに行った時のことを。
 オホーツク海沿岸にある漁港で釣りをしていて、防波堤の上に咲く小さな花を見つけた。
 いま見ている花に、少し似ていた。おそらく港の横にある砂浜から、強風で種子が飛ばされてきたのだろう。コンクリートの小さな割れ目に溜まった、わずかな砂に根を張っていた。
 海からの強い風が吹きつけ、気温も低く、時には波もかぶるであろう厳しい場所なのに。
 それでも、生きていた。
 生きて、成長し、花を咲かせていた。
 あの時は奈子も由維も、見ているうちに涙が出そうになった。
 生きることの厳しさ。
 そして生命というものの強さ。
 小指の先ほどの小さな花に、それを見たような気がした。
「……あの時とおんなじ。生命ってのは、とても強いものなんだ。どんな環境でも、どんな状況でも、生きようとする。これまで生命の存在を許さなかったこの地にだって、この花は入り込むチャンスをうかがっていたに違いないんだ」
 奈子が顔を上げる。
「奈子先輩……」
「決めた。マイカラスへ行こう。ひょっとしたら、ソレアさんやハルティ様たちとも敵対することになるかもしれないけど、さ。それでもアタシは、自分が信じることをする」
 力強い声だった。
 奈子の瞳に、光が戻っていた。
 これこそが奈子だ。由維が、亜依が、その他奈子に憧れる女の子たち全員が惹かれている、強い光を持つ瞳だった。
 真っ直ぐに、聖跡のあった場所を見つめている。
「……いいよね? ファージ、クレイン、そして……エモン・レーナ。いいよね、アタシがしようとしてることは、間違ってないよね?」
「間違ってても、いいんです。私は、奈子先輩についていきます」
 奈子の手をそっと握って、由維は言った。



「久しぶり、ね」
「あいつは、やっぱり来てないのか」
 一ヶ月ほどトカイ・ラーナ教会とハレイトン王国の動向を探りに行っていたエイシスが、久しぶりにソレアの許を訪れて開口一番に訊いたのは、ここにはいない少女のことだった。
 屋敷の中に肝心の人物がいないことを確認したエイシスは、どこか不機嫌そうだ。
「……来ないわよ、もう」
 ソレアが微かに笑う。諦めの思いが込められた寂しい笑みだ。
「今はいったい、どこにいるんだ? そして、どこから来ていたんだ? ……あいつはいったい、何者なんだ?」
 怒りを含んだ声で、矢継ぎ早に発せられる質問。ソレアはその答えを知っていたが、答える必要を感じなかった。
「いまさら、それを知っても無意味。あの子はもういないんだもの」
 気まずい沈黙が二人を包み込む。エイシスは質問を変えた。
「ソレアは、これからどうするんだ?」
「そう言うあなたは?」
 質問に答えずに質問を返してくるのは、答えたくないからなのか、それとも自分でも答えを見つけていないからなのか。
 おそらく後者だろう、とエイシスは思った。根拠はないが、そんな気がする。
「俺は、以前の生活に戻るだけさ。またあちこちで戦争が起こるからな。気ままな傭兵稼業だ」
「負け戦はしない主義じゃなかったの? 最終的な勝者はトカイ・ラーナ教会……アィアリスよ」
 エイシスが、フェイリアの仇である教会側につくはずがない。ソレアの質問はそれがわかっているからこそだ。
「そうとは限らんだろう? ナコがいれば、マイカラスに味方するのも悪くない」
「……あの子はもういない。一時の幻影と同じよ」
「忘れろと言うのか?」
 ドンッ!
 大きな拳がテーブルに叩きつけられる。お茶のカップが小さく跳ねて飛沫を上げた。
「……一度は、俺の子供を身篭もった女だぞ!」
「終わったことよ。すべて終わったこと」
「俺にとっては終わっちゃいない。あいつには大きな借りがあるんだ。なんとしても返さにゃならん」
「……それは、ちょうどいいや」
 まったく不意に、別な声が割り込んできた。二人は同時に声のした方――居間の扉を見た。
「――っ」
 予想外の人物が、そこに立っていた。
 戸口に寄りかかるようにして、ポケットに両手を入れて。
 口の端を上げて、にやっと笑った。
「じゃあ、アタシに力を貸してもらおうかな」
「ナコちゃん!」
「……ナコ、か?」
 念を押すようにエイシスが訊いたのは、相手が見慣れない格好をしていたからだ。
 奈子は、普段着でここにいた。
 洗いざらしのジーンズに、黒いタンクトップ。
 いつも着ていたこの世界の女戦士の衣装ではなく、自分の本来の普段着だ。動きやすくて金がかからないということで、夏になると奈子はいつもこの格好だった。
 奈子が部屋に入ってくる。その後に由維が続く。
「さあ、時がきたわ」
 二人の顔を順に見て、奈子は芝居がかった口調で言った。
「色々なことを話そうじゃない。靴のこと、船のこと、封蝋のこと。そしてなにより、竜や、魔法や、この世界を創った神々のことを」



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