一章 ミュシカとお姉様と転入生


「ごきげんよう」
「ごきげんよう。また明日」
 一日の学業を終えて下校する乙女たちの爽やかな挨拶が、澄みきった青空にこだまする。
 優しい笑顔を浮かべて、少女たちが校門から出てくる。純白の生地に水色の線が入ったセーラー服の少女たちの姿は、遠目にはまるで清廉な百合の花のようだ。
 しかし。
 その日、ミュシカ・サハ・オルディカの精神状態は「爽やか」からははるかに遠い地点にあった。厳密にいえば、この不機嫌は昨日の午後からまる一日続いている。
 昨日は天気のいい休日で、午後にふらっと散歩に出たところまでは問題なかったのだが、その後がよくなかった。以来、どう繕っても仏頂面になってしまう。
 やり場のない怒りを持て余しながら校門を出たところで、不意に背後から名前を呼ばれた。
 声をかけられたらまず立ち止まり、そうして「はい」と返事をしながら、身体全体で振り返る。不意のことでも、慌てた様子を見せてはいけない。ましてや顔だけで「振り向く」なんて行為、淑女としては失格。
 あくまで優雅に、そして美しく。少しでも、上級生のお姉さま方に近づけるように。
 だから振り返って相手の顔を真っ直ぐ捉えたら、まずは何をおいても笑顔でごきげんよう……というのが、この学園に通う者としての礼儀なのだが。
「……ごきげんよう、レイアお姉様」
 今の精神状態で笑顔を作るのは難しかった。かなり引きつった表情になったとは思うが、それでもなんとか挨拶だけはやり遂げる。
 長い金髪を優雅に揺らして、一人の少女が小走りに追いついてきた。一学年上級のレイア・リン・セイシェルお姉様だ。
「ごきげんよう……っていう表情ではないようね。どうしたの?」
 さすがは付き合いの長いレイア様。ミュシカの機嫌など、一目でお見通しらしい。あるいはミュシカの方が、考えていることが顔に出やすい性格なのかもしれないが。
「別に、なんでもありません」
 ミュシカはぶっきらぼうに応えた。しかしレイア様は見逃してくれない。
「とても、なんでもないという雰囲気ではないわね。私に隠し事するの?」
 レイア様のお声はとてもよく澄んでいて美しいのだけれど、今の口調は厳しかった。優しさと知性、そして意志の強さを感じさせる深い緑の瞳が、真っ直ぐにミュシカを――ミュシカの心の中を見つめていた。
「私は、あなたの何?」
「……お姉様、です」
 ここでいうお姉様とはもちろん、血がつながった姉妹のことではなく、女学校における上級生のこと。特に、極めて親しい上級生を表す言葉である。
 ミュシカの口調は幾分おどおどしていた。なにしろ相手は、中等部の頃からなにかとお世話になっているお姉様。面と向かって叱られては、どうしても立場は弱い。
「それなのに私に隠し事? 悲しいわ。妹の相談にも乗ってやれないなんて、私はあなたの姉失格ね」
「そんな……」
 そんな、悲しそうなお顔をなさらないでください。お姉さまの美しいお顔を曇らせてしまった自分が、世界一の悪人に思えてしまいます。
 ミュシカは心の中で手を合わせた。なにしろとびっきりの美女である。ちょっと表情を曇らせただけでも、与える悲壮感は絶大なものがあった。たとえミュシカが号泣したところで、この憂い顔の足元にも及ばないだろう。
 レイア様は本当にお美しい。ミュシカの自慢のお姉様で、全校生徒の憧れの的である。伝統あるこの学園の制服である純白のセーラー服に身を包んだそのお姿は、人呼んで麗しの白き百合姫様。
「お姉様に隠し事だなんてとんでもない! そんな、人に相談するほどたいしたことじゃないんです」
「休日に普段着で外出した時に、また、知らない人から殿方と間違われたとか?」
「うっ」
 いきなり図星である。これだからお姉様は恐ろしい。
 思わず左胸を押さえたミュシカを見て、レイア様がくすっと笑った。そうすると、急に子供っぽい表情になる。それがまた素敵だ。笑われているのは自分なのに、つい見とれてしまいそうになる。
「どうやら図星のようね。だから、髪を伸ばしたら、と言ってるのに」
 レイア様が手を伸ばして、ミュシカの短い金髪に触れた。この髪と、女の子にしてはやや精悍な顔立ちのために、性別を間違われたことは過去一度や二度ではない。
「……似合わないから」
「そんなことないわよ。昔はもっと長かったじゃない。今の髪もたしかに似合っているけれど、あれだってとても素敵だったわ」
「あの頃とは違いますよ」
「今だってきっと似合うわ。大昔の騎士にだって、精悍な顔立ちで髪の長い、素敵な女性は何人もいたじゃない。レイナ・ディ・デューンとか、ダルジィ・フォアとか」
「そんな、歴史上の偉人と一緒にしないでください」
 二人は話を続けながら、学園の敷地を後にして通りを歩いていく。このシーリア女学園の校舎と、レイア様やミュシカが暮らす寄宿舎は、少し離れたところにある。昔は同じ敷地にあったというが、二十数年前の校舎の建て増しの際に寄宿舎を移転したのだ。
 周囲には、同じシーリア女学園の生徒の姿もちらほらと見える。多くは二人と同じ寄宿生だろう。時折、中等部の制服も混じっている。
 そうした生徒たちの多くは、こちらにちらちらと視線を送っていて、目が合うと慌てて恥ずかしそうに会釈していく。生徒会長にして全校生徒の憧れの的、麗しの白き百合姫様のお側を歩く下級生としては当然の反応だ。
「ちょっと、遠回りしていきましょうか」
 途中の交差点で、レイア様が立ち止まった。右手の道を指差して言う。
「いいお天気だし、散歩がてら」
 右に行けば、静かな公園がある。今日は急いで寄宿舎に帰る用事もないし、確かに散歩や、二人きりでゆっくり話をするにはいいところだ。
「……ええ」
 一瞬躊躇ってから、ミュシカはうなずいた。レイア様の意図は読めているが、だからといって逆らうこともできない。また、悲しそうな顔をさせるようなことになったら耐えられない。
 おそらくレイア様は、何か大事なお話があるのだろう。寄宿舎へ向かう道を外れれば、シーリア学園の生徒の姿は極端に少なくなり、二人に注目する者もいなくなる。校内や寄宿舎では注目を集めるレイア様であっても、他人に聞かれたくない話をゆっくりとできるというわけだ。
 この後持ち出されるであろう話題が想像できるだけに、正直なところミュシカは気が重かった。
 しかし。
「そういえば、学長様から伺ったのだけれど、一年生に転入生が来るそうよ」
 進路を変えた後の最初の話題は、ミュシカの予想していたものではなかった。意外な言葉に、ミュシカはわずかに眉を上げて驚きを表現する。
「へえ、珍しいですね。それもこんな時期に」
 シーリア女学園はこのマイカラス王国で、いや、この大陸中でももっとも歴史のある高等女学校だった。何百年も昔にこの地方の女領主が、これからは女子にも高等教育が必要という先見の明によって設立したものだ。
 現在でこそ、高等女学校はいくらでもあり、大学まで進学する女子も珍しくなくなったが、それでもなおもっとも由緒ある高等女学校であることに変わりはない。私立校であれば、お金を積んだり、あるいは家柄によって入学できるところもあるが、公立校で奨学金制度も整っているシーリア女学園にはそうした抜け道はない。
 家柄や人種などには無関係に入学できるが、その分、入学試験の難易度は下手な三流大学よりも高いと言われるほどだった。それが転入試験となればなおさらである。
 普通、シーリア女学園に入学しようとする者は、前もって十分な準備、試験勉強をして入試に挑むのであり、急な引っ越しが決まったからといって、おいそれと転入などできるものではない。その転入生とやらは、よほど優秀なのだろう。
 ミュシカはふと、昨日街で出会った少女を思い出した。そういえば、この街に引っ越してきたばかりと言ってはいなかっただろうか。転校の手続きのために市役所へ行く、と。
(はは……。まさか、ね)
 すぐに、その考えを打ち消した。あの子はとても高等部の生徒には見えなかった。どう見ても中等部の一、二年である。レイア様が単に「一年生」と言うからには、それは高等部の一年生を指す筈だ。
 第一、そんな秀才には見えなかった。街で見ず知らずの男性に自分から声をかけ、しかもいきなりあんなことをする尻軽な女の子ではないか。
「きっと、優秀な子なのでしょうね」
 レイア様が楽しそうに言った。
「家が遠いので寄宿舎に入ると仰っていたし、楽しみだわ」
「寄宿舎に? でも……」
 今、空室はあっただろうか。
 名門校の常として、シーリア女学園には地元以外の生徒が多い。寄宿舎は常にほぼ満員だ。
「三人部屋、四人部屋には空きがなかったわね。勝手の分からない転入生を一人部屋にもできないし……」
「……まあ、そうですね」
 ミュシカは嫌な予感がした。レイア様が何を言わんとしているのか、ほぼ正確に予想できた。
「二人部屋を一人で使っているところというと、私の部屋か、あなたの部屋ね」
 レイア様が浮かべた意味深な笑みを見て、今日、わざわざ追いかけてきて一緒に帰り、遠回りまでした理由がこれだったのだと気付いた。どうやら、一番触れられたくない話題になりそうだ。
「私は嫌ですよ」
 本題を口にされる前に、先手を打ってはっきりと釘を刺した。先にお姉様に「お願い」されてしまったら、ミュシカの立場としては断れない。
「……そう言うと思ったわ」
 小さく溜息をつく。そんな憂い顔もお美しい、と見とれていると、すぐに顔を上げて真っ直ぐにミュシカを見た。
「ねえ、ミュシカ? あなた……」
 全身が緊張するのがわかる。ついに来た。一番触れて欲しくない、だけどレイア様は放っておいてくれない話題に。
 しかし。
「……あら?」
 続きを口にする前に、レイア様は小さな声を上げて首を傾げた。
「あの子、うちの学園の生徒じゃないかしら?」
「え?」
 道路を挟んだ向こう側にある公園を指差して言う。ミュシカもその視線を追って振り返った。
 公園の中で、何人かが固まっているのが見えた。紺色のその制服は、市内にある高等学校の男子生徒たちだ。その中心にひとつ、ミュシカたちと同じシーリア女学院の純白の制服が見えている。
 なにやら、言い争いをしている様子だった。見るからに乱暴そうな男子学生たちが声を荒げているのが、ここからでもわかる。
「……からまれているみたいですね」
「そうね」
 ミュシカの言葉にレイア様もうなずいた。あれは確か、最近このあたりでたまに見かける、あまりいい評判を聞かない学生たちだ。その中に一人、シーリア女学園の生徒がいるというのは、どう考えても好ましい状況ではない。
「助けてあげないの、ミュシカ?」
「私が……ですか?」
 つい、気の乗らない返事をしてしまう。危うくレイア様相手に「私が? 冗談じゃない!」なんて叫びそうになってしまった。
「嫌なの? あなたなら助けられるじゃない」
「買い被りすぎです」
 レイア様の目がすっと細くなった。怒ったように、鋭い視線をミュシカに向ける。
 思わず無条件降伏してしまいそうになったが、そこをなんとか持ちこたえた。
「……私たちが出ていってどうにかなる問題ではありません。急いで警察へ行きましょう」
「……」
 瞬きを三回する間、レイア様は黙ってミュシカを見ていた。やがて目を伏せて溜息をつく。
「それで、間に合わなかったら? きっとその間にあの子は乱暴されてしまうわ。シーリア女学園の生徒としてはとても口に出せないようなことをされて、結婚できない身体にされてしまって、一生心の傷を背負って生きるわけね。ううん、ショックで自殺してしまうかも。ああ、なんて可哀想なんでしょう」
 大仰に嘆くレイア様は両手を胸の前で組んで、しかも何故か空を見上げている。睫毛を震わせて瞳を潤ませたその姿は、見る者の憐憫を誘ってやまないが、しかし騙されてはいけない。レイア様が今年の学園祭の舞台で悲劇のヒロインを演じて、全校生徒を号泣させたことをミュシカは忘れてはいなかった。
 それが演技であることの証拠に。
「……助けてあげるわよ、ね?」
 すぐに、にこっと微笑んでこちらに顔を向ける。
「あー、もう! わかりました! 助ければいいんでしょう!」
 結局、根負けして叫んだ。いくらレイア様に反抗しようとしたところで、結局は敵わないのだ。
 ミュシカは持っていた細長い棒状の袋の口を解き、中から一本の杖を取りだした。長さは一メートルちょっとで、親指よりやや太いくらいの太さの、何の飾りもない木の杖だ。
 足を肩幅くらいに開いて立つと、杖の中ほどを右手で握って、腕を前に突き出した。左手の中指と人差し指を揃えて伸ばし、真っ直ぐに立てた杖に対して斜めに交差させる。
 顎を引いて、目を細めて真っ直ぐに公園を見つめた。舌先で唇を湿らせて、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「天と地の狭間にあるもの、力を司るものたちよ。我の言葉に応えよ……」
「久しぶりに見るわね、この姿」
「黙っててください。気が散ります」
 視線をずらさずにそれだけ言うと、ミュシカは詠唱を続けた。
「大地を支える者たち、世界を形創る者たち、我が声を聞き、我が声に応えよ。その力を我がために……え?」
 朗々と続いていた詠唱が、不意に途切れる。ミュシカは細めていた目を見開いた。
 ぱち、ぱち。
 二、三度、瞬きを繰り返す。
 それでもやっぱり、見間違いではなかった。公園の中では、信じがたい光景が繰り広げられていた。
 男子学生たちに囲まれていたその少女は、傍らにあった棒――公園の花壇で、朝顔の苗の横に立ててあった――をいきなり抜き取ると、目の前の相手を殴りつけたのだ。
 正確にいえばそれは、殴るなんて生やさしいものではない。離れて見ているミュシカたちにもその棒の軌跡は見えないくらい、速く鋭い振りだった。
 殴られた学生が倒れる。すかさず少女は、その隣にいた別の学生の脚を蹴った。大きくバランスを崩した相手の首筋に、斬るような動作で棒を振り下ろす。
「……えっと?」
 レイア様も目を丸くしている。もちろんミュシカも。
 二人はただ呆然と、その光景を見つめていた。
「なんなの、あれ……?」
「なんなのって……なんでしょう?」
 お互いに顔を見合わせる。目の前で起こっている出来事が飲み込めない。確かにこの目で一部始終を見ているのに、頭が理解することを拒否していた。
 まったく予想もしていなかった展開だった。あんな華奢な少女が、自分よりもずっと大きな男子学生四人を相手にして、圧倒的な強さを見せつけているだなんて。 
「剣……術……?」
 ミュシカは、なんとかそれだけをつぶやいた。レイア様が何か言いたげにこちらを見る。
「本物の騎士剣術ですよ、あれ」
 確かにそれは、女の子がただでたらめに棒を振り回しているという雰囲気ではない。ちゃんとした稽古を積んだ者の動きだ。喧嘩にはそれなりに慣れているであろう男子学生たちが、まるでお芝居の殺陣のように簡単に打ち倒されていく。
「あ、危ないっ!」
 不意にレイア様が叫んだ。一番最初に殴り倒された学生が、起きあがって少女の背後から殴りかかろうとしている。
 ミュシカは反射的に、杖を持った右手を突き出して叫んだ。
「大地よ、我の声を聞け!」
 まるでその言葉に応えるかのように、男子学生の足元に落ちていた握り拳大の石が突然飛び上がって、真下から顎を直撃した。彼にとっては死角からいきなり殴られたようなものだったろう。
 同時に、少女が振り向きざまに突き出した棒の先が、一瞬動きを止めた相手の鳩尾にめり込んでいた。



「えっと……。あなた、大丈夫?」
 レイア様とミュシカは、道路を渡って少女の傍に駆け寄った。
 しかし「大丈夫?」という台詞は、少々間が抜けて聞こえた。これはむしろ、周りに倒れている男子学生たちに訊くべきことだろう。
 完全に気を失っている者三名。腹を押さえて口から泡を吹いている者一名。わずかな時間で、見事な戦果だった。それをやったのが、目の前でにこにこと笑みを浮かべている女の子だなんて、自分の目で見ていたのに信じられない。
 その少女は、レイア様はもちろん、ミュシカよりも何歳か年下だろう。小柄で、長身のミュシカの肩くらいの身長しかなく、手足もすらりと細い。
 にも関わらずひ弱な印象を受けないのは、大きな瞳が放つ光のためだろうか。生命力と意志の強さを感じさせる瞳をした、可愛らしい女の子だった。
 ミュシカたちと同じシーリア女学園高等部の制服を着ているが、知らない生徒だ。それほど生徒数の多い学校ではないから、たとえ違う学年でもまったく見覚えのない生徒というのは珍しいのだが。
 ひょっとして、この子がレイア様が話していた転入生だろうか。
 しかし。
 ミュシカはなんとなく、この顔に見覚えがあるような気がした。シーリア女学園の制服とのセットでは、まったく記憶にない。しかし、この顔だけに注目してみれば。
 暫し考えて。
 考えて。
 はっと思い出した。
 間違いない、あの少女だ。
「あ、あぁーっ! あなた、昨日のっ!」
 私の唇を奪った女、という台詞を辛うじて呑み込んだ。これは間違ってもレイア様には聞かせられない。
 目の前の少女は、きょとんと首を傾げた。
 ミュシカを見つめて、なにやら考え込んでいる様子だ。
 視線を上下に往復させて、ミュシカの顔と、何故かスカートのあたりを交互に見ている。
 やがて。
「う……嘘つき! あたしを騙したのねっ? せっかく引っ越し早々に素敵な男の子を見つけたと思ったのに、女装趣味の変態だったなんて!」
 なんの予告もなしに、甲高い声で叫んだ。
「だ、誰が女装趣味よ! 私はれっきとした女だってばっ! あんたが勝手に勘違いしたんじゃないっ!」
 叫んでしまってから、はっとレイア様を見た。お姉さまの目の前で、往来で大声で叫ぶだなんて。しかも今の言葉遣いは、シーリア女学院の生徒にあるまじき振舞いだったかもしれない、と。
 そのレイア様は、肩を震わせて、唇の端が痙攣しているかのように引きつっていた。この表情は、はしたないミュシカを怒っていらっしゃるのだろうか。
「あの、お姉さま……?」
「……ぷ……ぅくく……く……は、あはははは……」
 レイア様は、いきなり吹き出した。あの麗しの白き百合姫様が、お腹を抱えて爆笑なさっているだなんて。
「あはははは……。そ、そういうことだったのね。いいっ! あなた気に入ったわ。それでミュシカが不機嫌だったんだ。あはは……」
 目に涙まで浮かべて、息も絶え絶えで苦しそうに、それでも笑いが止まらない。横隔膜が引きつけを起こしているかのような格好で笑い続けている。
「なに? この、笑い袋みたいなおねーさんは?」
 知らないとは恐ろしいものだ。問題の少女は、レイア様のファンが耳にしたら卒倒しそうな台詞を平然と言う。
「あ……あなた、転入生のフィーニ・ウェル・リースリングでしょう? 学長様から伺ってるわ。……くく……わ、私たちはあなたを歓迎するわ。ようこそ、シーリア女学院へ。く、ふふふ……」
 歓迎するだって? 冗談じゃない。
「お姉さま、寄宿舎の部屋割りのことですけど」
 ミュシカは、まだ笑い止まないレイア様に向かって声を荒げた。
「私は、絶っ対に嫌ですからね!」



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